ありさま、物語にある光源氏などのやうにおはせむ人を、年に一度にても通はし奉りて、浮船の女君のやうに、山里にかくし居《す》ゑられて、花、紅葉、月、雪ながめて、いと心ぼそげにて、めでたからむ御文などを、時々待ち見などこそせめとばかり思ひつづけ」るやうな年頃になります。このひと後に信濃守某に嫁し、その一生を終るのですが、「年月は過ぎかはり行けど、夢のやうなりしほどを思ひいづれば、心地もまどひ、目もかきくらすやうなれば、そのほどのことは、まださだかにもおぼえず。人々はみな外にすみあかれて、故郷にひとり、いみじう心ぼそくかなしくて、ながめあかし侘びて、久しうおとづれぬ人に、
  茂りゆく蓬が露にそぼちつつ人に問はれぬねをのみぞなく
 尼なる人なり。
  世のつねの宿のよもぎに思ひやれそむきはてたる庭のくさむら」と、その一生の日記を書き終つてゐるのであります。
 君は常々叡智ひらめく童女たちがやがて一介の女となりはててしまふことを嘆いてゐますね。更科日記の著者も亦《また》結局あきらめに生きるあの日本のひとりの女であつたのでしたが、この素直な無常観はひねくれた僕の心も打ちますし、また思ひ出の素直さが
前へ 次へ
全17ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング