生の真相であるかのやうに額を集めて自殺の話なんかしてきたことが、私は急に癪にさはつた。私は腹を立てて立ち止つた。「宇野さん。自殺の話はつまらないよ」私はさう怒鳴るために戻らうと思つた。当りちらすといふよりも、宇野さんの冷然たる芸術家根性にちよつと甘えてみる気もあつた。然し諦めて歩きだすと、音楽学校の稽古の音が怒りを和らげる目的のやうに甘つたるく流れかかつてくる。さういふものに甘やかされるほど俺の根性は甘くないぞと、私は益々腹を立てて帰つたやうに覚えてゐる。



底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
   1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「時事新報」
   1936(昭和11)年12月16日〜18日
初出:「時事新報」
   1936(昭和11)年12月16日〜18日
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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