て、用件がそのことだとも分らぬうちに、すつかり宇野さんに反撥する気持をつくりあげてしまつたのである。翌朝はドシャ降りだつたが、私は本郷から上野桜木町の宇野さん宅までボロ傘さして歩いて行つた。
 私の知人関係では宇野浩二氏をお喋りの王座にすゑなければならない。相手に喋る隙を与へず自分ひとりのべつ幕なしに喋りまくるのである。恐らく黙つてゐるのが気づまりで、沈黙が恰《あたか》も心中にうごめく醜悪な怪獣であるかのやうに不快であるのかも知れない。
 宇野さんは喋るといふより言葉に憑かれたといふ感じである。ひとこと喋る。すると宇野さんの頭の中には忽ちその言葉をめぐつてひどく虚無的な嵐が吹きはじめるものらしい。慌てふためいてまた喋る。また虚無的な苦痛を重ねる。とまるところもなく喋りつづけてしまふらしい。非常に疲れるだらうと思ふのである。聞いてゐる私の方がひどく疲れてしまふのだ。
 宇野さんは人に会ふのが嫌ひらしい。こんなに神経を使つて喋り、喋つて虚無感を深めるのでは、人に会ふのが苦痛なのは極めて当然だと思ふのである。宇野家の門にはいつも錠がおりてゐる。呼鈴を鳴らすと、女中部屋の格子窓が半分開いて、ま
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