お喋り競争
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)恰《あたか》も

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ペラ/\
−−

       一

 この九月末宇野浩二氏から電話がきた。私は生憎不在だつたが、至急の話があるから今夜か明朝会ひたい、訪れてほしいといふのであつた。なんの話か見当がつかなかつたが、私はその月の文芸通信に、牧野信一の自殺にやゝあてはまることを題材にした小説を書いた。見やうによつては確にさしさはりのある題材だから、その話かも知れないと思つた。尤も其小説は急所のところがひどい伏字で、私の方では伏字の部分を書くために他の五十枚を書いたやうなものであるから、落胆が大きかつた。私の想念がその小説に向いただけでも気持がくさるやうであつた。宇野さんからの電話ときくと、なんの根拠があつてその用件をいきなりこの小説にむすびつけてしまつたのかどうもハッキリ分らないが、私はてつきり宇野さんからこの小説の題材に対して文句がでるやうな気になつた。なにぶん私は伏字に対する落胆がまだ生々しい時であるから、気持がなんとなく激昂し
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