ず、いきなりサヨナラと言つてクルリと振向いてしまふ方が、宇野さんのためにはいいのだらうとちよつと思つた。然し私の喋りまくつてやらうといふ牢固たる決意が、反撥的にグイと前面へのりだしてしまつたのである。
私は上り框の座蒲団へ腰を下した。牧野信一の自殺に就て微に入り細にわたり、あることないこと取りまぜて立板に水を流すやうにまくしたてた。自分乍らよく喋るなと思つた。だいたい上り框へどつかと腰を下して、雨にぬれた裾を片手にまくりあげ膝小僧を露出させたりしたら、これはもう芝居のゆすりか借金取りの構へで、ちやんと喋るやうにできてゐるのである。私はたうとう喋り勝つてしまつた。
自殺に関する話だから、話は勢ひ最も露骨な性生活に及んだりする。私は図に乗つてそんな余計なことまで勢ひこんでまくしたてた。
台所の方に奥さんの気配があるので、その話になると、宇野さんは突然声を細くする。私もつりこまれて声を細くすると、いや、あなたは大きな声で、といふ目配せを慌てふためいてするのである。
三四十分で話をきりあげ、私が立ち上ると、宇野さんはホッとした顔をした。外へでると雨は小降りになつてゐたが、まるでそれが人生の真相であるかのやうに額を集めて自殺の話なんかしてきたことが、私は急に癪にさはつた。私は腹を立てて立ち止つた。「宇野さん。自殺の話はつまらないよ」私はさう怒鳴るために戻らうと思つた。当りちらすといふよりも、宇野さんの冷然たる芸術家根性にちよつと甘えてみる気もあつた。然し諦めて歩きだすと、音楽学校の稽古の音が怒りを和らげる目的のやうに甘つたるく流れかかつてくる。さういふものに甘やかされるほど俺の根性は甘くないぞと、私は益々腹を立てて帰つたやうに覚えてゐる。
底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「時事新報」
1936(昭和11)年12月16日〜18日
初出:「時事新報」
1936(昭和11)年12月16日〜18日
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
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