るで河向うの女のやうに女中が首をだすのである。名前と用件をきいて引込み、やがて漸く門があくが、なるべく会はずにすましたい方寸らしい。文学界の随筆に、雑誌の用で小林秀雄が訪ねると云つてきた、訪ねてくれるには及ばないから手紙ですましてくれと云つてやつたのに、たうとう訪ねてきてしまつた、といふことをひどくいまいましさうに書いてゐるのを読んで可笑しくて堪まらなかつた。あんな風に喋らなければならないのでは、人に会ふのも並たいていの苦業ではないと察しがつく。
 宇野さんも人に会ふのが苦手だらうが、私も宇野さんと向ひあふのは苦手である。疲れるのだ。自分ひとり喋りまくつて一人相撲に疲れてしまふ宇野さんは自業自得で是非もないが、人のお喋りをきいて虚無的な疲れ方をしなければならないのは、並たいていな馬鹿な話ではないのである。


       二

 私は上野の杜を歩きながら、宇野さんの間断ない饒舌から生ずるところの疲労と虚無感をどういふ方法で撃退してやらうかと考へつづけた。虚しく手をつかねて彼の饒舌の俘虜《とりこ》となり、このドシャ降りの雨の日に更に憂鬱このうへもない数十分をもつことは、どうにも我慢がならなかつた。そこであれかれと考へてみたが、方法はたつた一つしかない。先方に喋る隙を与へず、いきなりこつちで喋りまくつてしまふのである。
 借金にでむく初心者はとかく一人相撲にいらざることをペラ/\喋りまくつてしまふらしい。刻下の形勢に縁遠い昔の話に偏執したり、先方に諾否の返答をする隙がないほどせきこんでゐたりする。あんまり口数をきかずに借金の口上が言へる人はややその道の大家であらう。私はまだ初心者の域をでない。従而《したがつて》泡をくつて喋ることには案外馴れてゐるのである。いづれ近いうちには、貸す方がすつかり慌ててしまふほど落付払つて殆ど喋らずに金を借りてみようと考へてゐる。
 とある黄昏のことであつたが、小金を握つて賑やかな通りを歩いてゐると、悟りをひらいたことがあつた。芸術家としては唖のやうに寡黙であつても一面社会人として生きるからには大いにお世辞も言はねばならぬ。むしろ大いに幇間《ほうかん》的である方がいい。人と会つてゐる時間といふのはすでに浪費しつつある時間であるから、滑稽なことを喋りまくつて人を娯しませてももと/\損はしてゐない。犠牲的精神を感じて気をよくすることもできるので
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