、又、満たし得る由もない。己れは常に犠牲者にすぎないものだ。
 芸術家は――私はそこで思ふ。人のために生きること。奉仕のために捧げられること。私は毎日そのことを考へた。
「己れの欲するものをさゝげることによつて、真実の自足に到ること。己れを失ふことによつて、己れを見出すこと」
 私は「無償の行為」といふ言葉を、考へつゞけてゐたのである。
 私は然し、私自身の口によつて発せられるその言葉が、単なる虚偽にすぎないことを知つてゐた。言葉の意味自体は或ひは真実であるかも知れない。然し、そのやうな真実は何物でもない。私の「現身《うつしみ》」にとつて、それが私の真実の生活であるか、虚偽の生活であるか、といふことだけが全部であつた。
 虚しい形骸のみの言葉であつた。私は自分の虚しさに寒々とする。虚しい言葉のみ追ひかけてゐる空虚な自分に飽き飽きする。私はどこへ行くのだらう。この虚しい、たゞ浅ましい一つの影は。私は汽車を見るのが嫌ひであつた。特別ゴトン/\といふ貨物列車が嫌ひであつた。線路を見るのは切なかつた。目当のない、そして涯《はて》のない、無限につゞく私の行路を見るやうな気がするから。
 私は息を
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