くやうになつた。しかし男は見つからなかつた。それでも働く決意はつかないのだ。踊子や女給を軽蔑し、妙な気位をもつてをり、うぬぼれに憑かれてゐるのだ。
 最後の運だめしと云つて、病院の医者を誘惑に行き、すげなく追ひかへされて戻つてきた。夕方であつた。私が図書館から帰るとき、病院を出てくるアキに会つた。私達はそこから神社の境内の樹木の深い公園をぬけてアパートへ帰るのである。公園の中に枝を張つた椎の木の巨木があつた。
「あの木は男のあれに似てるわね。あんなのがほんとに在つたら、壮大だわね」
 アキは例のチャラ/\と笑つた。
 私はアキが私達の部屋に住むやうになり、その孤独な姿を見てゐるうちに、次第に分りかけてきたやうに思はれる言葉があつた。それはエゴイストといふことだつた。アキは着物の着こなしに就て男をだます工夫をこらす。然し、裸になればそれまでなのだ。自分一人の快楽をもとめてゐるだけなのだから、刹那的な満足の代りに軽蔑と侮辱を受けるだけで、野合以上の何物でもあり得ない。肉慾の場合に於ても単なるエゴイズムは低俗陳腐なものである。すぐれた娼婦は芸術家の宿命と同じこと、常に自ら満たされてはいけない
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