の最大の秘密はもしや私に梅毒がうつりはしないかといふこと、そのために私に嫌はれはしないかといふことだつた。そのために女は私とのあひゞきの始まりは常に硫黄泉へ行くことを主張した。私が淋病になつたことは、女の罪悪感を軽減したのだ。女はもはやその最大の秘密によつて私に怖れる必要はないと信じることができた。彼女はすゝんで淋病のうつることすら欲したのだつた。
 私はそのやうな心情をいぢらしいとは思はなかつた。いぢらしさとは、そのやうなことではない。むしろ卑劣だと私は思つた。私は差引計算や、バランスをとる心掛が好きではない。自分自身を潔く投げだして、それ自体の中に救ひの路をもとめる以外に正しさはないではないか。それはともかく私自身のたつた一つの確信だつた。その一つの確信だけはまだそのときも失はれずに残つてゐた。私の女の魂がともかく低俗なものであるのを、私は常に、砂を噛む思ひのやうに、噛みつゞけ、然し、私自身がそれ以上の何者でも有り得ぬ悲しさを更に虚しく噛みつゞけねばならなかつた。正義! 正義! 私の魂には正義がなかつた。正義とは何だ! 私にも分らん。正義、正義。私は蒲団をかぶつて、ひとすぢの涙をぬ
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