だして、海岸の温泉旅館へ行つた。すべては私の思ふやうに運んだ。私はアキを蔑んでゐると言つた。そしてこの気取り屋が畸型の醜女にすら羞しめられる女であることを見出した喜びで一ぱいだつたと言つた。さういふ風に一度は考へたに相違ないのは事実であつたが、それはたゞ考へたといふだけのことで、私の情慾を豊かにするための絢《あや》であり、私の期待と亢奮はまつたく好色がすべてゞあつた。私は人を羞しめ傷けることは好きではない。人を羞しめ傷けるに堪へうるだけで自分の拠りどころを持たないのだ。吐くツバは必ず自分へ戻つてくる。私は根柢的に弱気で謙虚であつた。それは自信のないためであり、他への妥協で、私はそれを卑しんだが、脱けだすことができなかつた。
 私は然し酔つてゐた。アキは良人の手前があるので夜の八時ごろ帰つたが、私はチャブ台の上の冷えた徳利の酒をのみ、後姿を追つかけるやうに、突然、なぜアキを誘つたか、その日の顛末を喋りはじめた。私はアキの怒つた色にも気付かなかつた。私は得意であつた。そしてアキの帰つたのちに、さらに芸者をよんで、夜更けまで酒をのんだ。そして翌日アパートへ帰ると、胃からドス黒い血を吐いた。五
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