ていて、自分の言葉でない、人の借り物を一行も書くと、それが気がゝりで、そこの頁をひらくことも出来ず、思いだすたび、赤面逆上、大混乱、死にたくなってしまうものだ。
 古墳殺人の作者ときては、これは文章から人物の配置から、何から何まで、ヴァン・ダインの借り物じゃないか。ヴァン・ダインの頭の悪さを、更に借り物にして、いったいこのバケモノは何だろう。
 日本人が、こんなヘンテコな言葉で喋っていますかね。日本の刑事に、こんなヘンテコな言葉づかいの、歯のうくようなキザなのがいますかね。
 シチュエーションからトリックから、バカラシサ、あの愚劣な出来そこないの衒学性で、みんなヴァン・ダインの借り物で、これで一人前の作家で通用する日本の探偵小説界は、なんとまア、悲しく、貧しい雑草園でしょうか。下の下の下だ。私は、読みながら、読んでる私が、羞しくて、赤面して、羞しさにキャッと叫んで、逃げて走りたくなるのだ。なんという、ひどい、貧しいあさましい小説でしょうか。
 どうか、助けて下さい。読者に、こんな羞しい思いをさせないで下さい。私は、赤面するために探偵小説を読んでるのではないのです。
 どんなにまずしくとも、自分の言葉で、物語をつくって下さい。どうか、たのみます。
 そして先輩の探偵小説作家も、シッカリして下さい。これは先輩の罪です。こんな新人が現れるのも、先輩が、それだけでしかない証拠ではないでしょうか。
 私は探偵小説の新人に申上げるが、本格探偵小説を書くなら、ただ、横溝君のものだけを学びなさい。あとは、とるにも足りません。そして、衒学は、やめなさい。頭脳は、あくまで、論理的でなければなりません。



底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
   1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「宝石 第四巻第一号」
   1949(昭和24)年1月1日発行
初出:「宝石 第四巻第一号」
   1949(昭和24)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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