閧ルかのことは考えることができなかった。周囲の日の光と同じように、希望が私のうちに輝いてきた。私は信頼しきって、解放と生命とを待つように自分の判決を待った。
 そのうちに私の弁護士がやって来た。人々は彼を待っていた。彼はうまうまと十分に食事をしてきたところだった。自分の席につくと、彼は微笑を浮かべて私のほうをのぞきこんだ。
「うまくいくだろう。」と彼は私に言った。
「そうでしょうか。」と私も微笑《ほほえ》んで軽い気持で答えた。
「そうさ。」と彼は言った。「まだあの連中がどう申告したか少しも分らないが、しかし予謀の点はむろん取りあげなかったろう。そうすれば、終身懲役だけのことだ。」
「なんですって!」と私は憤然として言った。「そんならいっそ死刑のほうがましだ。」
 そうだ死刑のほうが! とある内心の声が私にくりかえした。それにもとより、そう口に出して言ったところで、なんの危ういことがあろう。死刑の判決はいつも、夜中に、蝋燭《ろうそく》の光で、黒い薄暗い室で、冬の雨天の寒い晩にくだされたのではないか。この八月に、朝の八時に、こんなよい天気に、あれらの善良な陪審員らがあって、そんなことがあるものか! そして私の目はまた、日の光を受けてる黄色いかわいい花の上に向いた。
 弁護士だけを待ってた裁判長は、突然私に起立を命じた。兵士らは武器をとった。電気じかけででもあるように、全会衆は同時に立ちあがった。法官席の下のテーブルについてるやくざな無能な顔つきの男、たぶん書記だろうと私は思うが、その男が口を開いて、私の不在中になされた陪審員らの評決を読みあげた。冷たい汗が私の全身から流れた。私は倒れないようにと壁につかまった。
「弁護士、君は本刑の適用について何か言いたいことがあるか。」と裁判長はたずねた。
 私のほうでは言いたいことばかりだったが、何一つ口に出てこなかった。舌が顎にくっついてしまっていた。
 弁護人は立ちあがった。
 私にも分ったが、彼は陪審員らの申告を軽減しようとつとめ、彼らが申請した刑のかわりに、他の刑を、先刻彼がそれを望んでいるのを見て私がひどく気色《きしょく》を害したあの刑を、そこに持ってこようとつとめた。
 私の憤慨の念はひどく強くて、私の考えを争奪してるあらゆる感情を貫いて現われてきたほどだった。私はすでに彼に言ったことを、いっそ死刑のほうがましだということをも一度、高い声でくりかえしたかった。しかし息が切れて、ただ手荒く彼の腕をひっぱりながら、痙攣《けいれん》的な力をこめて、「いけません!」と叫ぶことができただけだった。
 検事長は弁護士の説を反駁《はんばく》した。私はぼんやりした満足の念でそれに耳を傾けた。それから判事らは室外に出て、つぎにまた戻ってきた。そして裁判長は私に判決を読んできかした。
「死刑!」と群集は言った。そして私が連れ去られる時、皆の者は家が崩れるような音を立てて後にくっついてきた。私は酔ったように呆然として歩いていった。一つの革命が私のうちに起こったのだった。死刑の判決までは、私は呼吸し脈打ってる自分を感じ、他の人々と同じ世界に生きてるのを感じていた。が今や私は、世間と自分との間に、ある仕切りみたいなものをはっきり感じた。もう何一つ以前と同じ姿には見えなかった。それらの大きな明るい窓、そのうるわしい日の光、その清らかな空、そのかわいい花、どれもこれもただ白く色あせて、経帷子《きょうかたびら》の色になった。私のほうに集まってくるそれらの男や女や子供も、幻影のように見えた。
 階段の下に、格子《こうし》のはまった黒い汚い馬車が私を待っていた。それに乗る時、私はどこということもなく広場の中を眺めた。死刑囚と叫びながら通行人らは馬車のほうへ駆けてきた。私は自分と他物との間におりてきたように思われる靄《もや》をとおして、むさぼるような目つきであとについてくる二人の若い娘を見てとった。その年下のほうは手をたたきながら言った。
「いいわね、六週間後でしょう!」

       三

 死刑囚!
 ところで、それがどうしていけないか。私は何かの書物の中で読んだのであるが、ためになることはただそれだけだったのを覚えている。すなわち、人はみな不定期の猶予つきで死刑に処せられている[#「人はみな不定期の猶予つきで死刑に処せられている」に傍点]。それではいったい私の地位に何がこんな変化をもたらしたのか。
 私に判決がくだされた時から今までに、長い生涯を当てにしていたいくばくの人が死んだことか。若くて自由で健康であって、某日グレーヴの広場で私の首が落ちるのを見に行くつもりでいた者で、いくばくの人が私より先立ったことか。今からその日までの間に、戸外を歩き大気を吸い自由に外出し帰宅している者で、なおいくばくの人が私に先立つ
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