[にし、十スーにし、五スーにした。がだめだ。どうなるものか。ある日俺は腹がすいてた。パン屋の窓ガラスを肱で突き破って、パンをひときれつかみ取った。するとパン屋は俺をつかみ取った。そのパンを食いもしねえのに、終身徒刑で、肩に三つ烙印《らくいん》の文字だ。――見てえなら、見せてやろうか。――その裁きを再犯[#「再犯」に傍点]というんだ。そこで逆もどりさ。ツーロンの徒刑場に連れもどされたが、こんどは終身の緑帽だ、脱走しなきゃあならなかった。それには、壁を三つ突き抜き、鎖を二つ断ち切るんだが、俺には一本のくぎがあった。俺は脱走しちゃった。警戒砲が撃たれた。俺たちはな、ローマの枢機官みてえで、赤い服をつけてさ、出発の時には大砲が撃たれるんだ。だが役には立たなかったね。俺のほうでは、こんどは黄色い旅行券はなかったが、しかし金もなかった。すると仲間に出会った。刑期をつとめあげてきたやつもいれば、鎖を打ち切ってきたやつもいる。一緒になれと首領がすすめた。街道でばさ[#「ばさ」に傍点]をやってるんだ。俺は承知して、人殺しで暮らしはじめた。乗合馬車のこともあるし、郵便馬車のこともあるし、馬車に乗ってる牛商人のこともあった。そして金は奪っちまい、馬や馬車はどこになりと行くままにし、死骸は足が出ねえように用心して木の下に埋めた。その墓の上で、土が新しく掘り返されたのが見えねえようにと、みんなして踊りまわった。俺はそんなふうにして、やぶの中に巣くい、野天で眠り、森から森へと狩り立てられ、でもとにかく自由で自分のままで、年をとっていったものだ。だがなにごとにも終りがある。それにだって同じだ。ある晩、俺たちは捕縄の連中にとっちめられた。同類は逃げちまった。が俺は、いちばん年とってたもんで、その金帽子の猫どもの爪に押さえられた。そしてここに連れてこられた。俺はもう梯子《はしご》のどの段も通ってきて、ただおしまいの一段が残ってるだけだった。ハンカチを一つ盗むのも、人を一人殺すのも、もう俺にとっちゃ同じことだったんだ。もう一つ再犯が重なるってわけだ。首刈り人のところを通るよりほかはねえんだ。裁判は簡単に片づいちゃった。まったく、俺はもう老いぼれかけてるし、もうやくざ者になりかけてる。俺の親父は後家縄をめとった〔絞首刑にされた〕し、俺は無念の刃のお寺にひっこむ〔ギロチンにかかる〕んだ。――そういうわけさ、お前!」
私はぼうぜんとして聞いていた。彼ははじめの時よりなお高く笑いだして、私の手をとろうとした。私は嫌悪のあまり後にさがった。
「お前は、」と彼は言った、「元気らしくねえよ。死に目にびくびくするもんじゃねえ。そりゃあ、お仕置場でちょっとの間はつれえさ。だがじきにすんじまわあ。俺がそこでとんぼ返りをするところをお前に見せてやりてえもんだな。まったくだ、今日お前と一緒に刈り取られるんなら、俺は上告をよしちまいてえ。おなじ司祭が俺たち二人に用をしてくれる。お前のおあまりをいただいてもいいさ。ねえ俺はいい子だろう。え、どうだ、仲よくさ!」
彼はなお一歩私に近寄ってきた。
「どうかあなた、」と私は彼を押しのけながら答えた、「ありがとう。」
その言葉で、彼はまた笑いだした。
「ほほう、あなた、あなたさまは侯爵かね、侯爵だな。」
私はそれをさえぎった。
「きみ、ぼくは考えたいんだ。ほっといてくれ。」
私の言葉がごくまじめな調子だったので、彼は突然考えこんだ。灰色のもうはげかかってる頭を動かし、それから、だらけたシャツの下にむきだしになってる毛深い胸を爪でかきながら、口でつぶやいた。
「わかった。つまり、坊主みてえだ……」
それから、しばらくだまってた後で、彼はほとんどおずおずと言った。
「ねえ、あなたは侯爵だ、それはいい。だが立派なフロックを着ていなさる。もうそれもたいした役にも立つめえ。首切り人が取っちまうだろう。俺にくれませんかな。売り払ってたばこの代にするんだが。」
私はフロックをぬいで、彼に渡した。彼は子供のように喜んで手をたたいた。それから、私がシャツだけで震えてるのを見て言った。
「寒いんでしょうな。これを着なさるがいい。雨が降ってる。ぬれますぜ。それに、車の上じゃあ体裁もある。」
そう言いながら、彼は灰色の厚っぽい毛糸の上衣をぬいで、私の腕に持たした。私は彼のするままにまかせた。
そのとき私は壁のところに行って身を支えた。言葉につくせない感銘をその男から受けたのだった。彼は私からもらったフロックを調べていて、たえず喜びの声をたてた。
「ポケットはどれも真新しだ。えりもすりきれていねえ。――少なくも十五フランは手にはいるな。なんてありがてえことだ。あと六週間のたばこができた!」
扉が開いた。彼らは私たち二人を連れにきた、私のほうは死刑囚が最後
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