黷ゥら合図をした。一同は服を脱ぎはじめた。ところが、思いがけないことが時機をねらったようにおこって、その屈辱を呵責《かしゃく》に変えた。
その時まで天気はかなりよくて、十月の北風のために空気はひえびえしてたとはいえ、またそのためにときどき空の灰色の靄《もや》があちこち吹き払われて、そこから日の光が落ちてきた。けれども、徒刑囚らが監獄の服をようやく脱ぎ終えて、裸のままそこにつっ立って、獄吏らの疑い深い検査に身をまかせ、まわりをうろついて肩の烙印《らくいん》を見ようとする無関係な人々の好奇な目つきに身をさらしたとき、空は暗くなり、その冷たい驟雨《しゅうう》がにわかにおこって、その四角な中庭のなかに、彼らの裸の頭の上に、裸の体の上に、地面にならべられているみじめな衣類の上に、滝のように降りそそいだ。
またたくまに、監視と徒刑囚以外のものはみな中庭から逃げだした。パリから来た見物人らは門のひさしの下に身を避けた。
雨はやはりさかんに降りつづいた。もう中庭に見えるのは、水にひたった敷石の上にびしょぬれになっている裸の徒刑囚らばかりだった。そのそうぞうしい饒舌《じょうぜつ》は陰鬱な沈黙にかわった。彼らはうち震えて歯の根も合わなかった。彼らの痩《や》せ細った脛《すね》は、ふしくれだった膝は、両方ぶつかりあった。そして彼らが血の気を失った手足に、そのぬれたシャツをひっかけ、その上衣をまとい、その水のしたたるズボンをつけるのは、見るも憐れなありさまだった。裸体のほうがまだましだろう。
ただ一人、老人だったが、なお多少の快活さを見せていた。ぬれたシャツで体をふきながら、これは予定にはいってなかった[#「これは予定にはいってなかった」に傍点]、と叫んだ。それから天に拳《こぶし》をさしつけて笑いだした。
彼らは旅の服をつけてしまうと、二、三十人ずつ一団をなして中庭の他の隅に連れていかれた。そこには地面に伸ばされてる綱がそれぞれ待ち受けていた。それは長いじょうぶな鎖で、二ピエおきに他の短い鎖がついていて、その先端に四角な首枷《くびかせ》が取りつけてある。首枷は一方の角にはめてあるちょうつがいで開き、反対の角で鉄のボルトで閉まるようになっていて、徒刑囚の首に移送のあいだじゅう鋲締《びょうじ》めされる。そういう綱が地面に広げられているところは、大きな魚の骨の形に似ている。
徒刑囚らはぬれた敷石の上に泥のなかに座らせられた。首輪がためしてみられた。それから監獄の二人の鍛冶屋が、携帯用のかなとこを持ってきて、冷酷にもその首輪をかなづちで彼らに鋲締めした。もっとも豪胆な者でさえあおくなる恐ろしい瞬間だ。背にあてられてるかなとこに打ちおろされるかなづちの一撃一撃は、受刑人のあごをはね返させる。前から後ろへちょっとでも動こうものなら、頭蓋骨はくるみの殻のように打ち砕かれるだろう。
その処置がすむと、彼らは陰鬱になってしまった。聞こえるのはもう鎖の震える音だけで、また間をおいて、強情な者の手足に監視が加える棒の純い音と、ある叫び声とだけだった。泣きだす者もあった。老人らは唇をかみしめて震えていた。鉄の枠のなかのそれらの凄惨《せいさん》な横顔を、私は恐怖の念で眺めた。
かくて、医者の検査の後、獄吏の検査があり、獄吏の検査の後、鉄枷がつけられる。三幕の観物《みもの》である。
日の光がまたさしてきた。そのために徒刑囚らの頭のなかには火が燃えだしたかのようだった。彼らは痙攣《けいれん》的な動作で一度に立ちあがった。五すじの綱は手で繋ぎ合わされて、突然ランプの柱のまわりに大きな円を作った。そして彼らはめまぐるしいほどにまわった。まわりながら徒刑場の唄を、隠語の情歌を、あるいは激しい快活な、あるいは悲しい節で歌った。間をおいては、金切声の叫びが、息をはずませたきれぎれの笑いが、ふしぎな唄の言葉にまじって聞こえた。それから猛り狂う歓呼の声がおこった。拍子をとってぶつかりあう鎖の音が、それより鈍い唄声に管弦楽の用をしていた。魔法使いの宴を想像するとすれば、ちょうどそれにふさわしいものだったろう。
中庭に大きなバケツが持ってこられた。監視らは徒刑囚らを棒でなぐってその踊りをやめさせ、バケツのところへつれていった。バケツには湯気のたってる汚いなんとも知れぬ液体のなかになんとも知れぬ草みたいなものの浮いているのが見えていた。徒刑囚らは食事をした。
食べてしまうと彼らは、残りのスープと黒いパンとを地面に投げすてて、また踊りと唄とをはじめた。鉄枷をつける日とその晩とは、それだけの自由が彼らに与えられているものと見える。
私はその異様な光景を、ごく貪欲な痛烈な注意深い好奇心で見守っていたので、自分自身を忘れはてていた。強い憐れみの念に胸の底までかきむしられ、彼らの笑いに涙
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