ツいてる助手だった。
 私が腰をおろすや否や、その二人が後ろから猫のように近寄ってきた。それから突然、私は刃物の冷たさを髪のなかに感じた。はさみの音が耳に響いた。
 私の髪の毛は手当りしだいに切られて、ひと房ずつ肩の上に落ちた。三角帽の男はそれを太い手で静かにはらいのけた。
 周囲では人々が低い声で話していた。
 戸外には、空中にうねってる振動のような大きな音がしていた。私ははじめそれを河の音と思った。しかしどっとおこる笑い声を聞いて、群集であることがわかった。
 窓のそばにいて手帳に鉛筆で何か書いてた若い男が、看守の一人にそこでなされてる事柄は何というのかたずねた。
「受刑人の身じたくです。」と看守は答えた。
 それが明日の新聞に出ることを私は悟った。
 突然助手の一人は私の上衣を脱ぎ取った。もう一人の助手は私の垂れてる両手をとらえ、それを背後にまわさせた。そして私は合わさってるその両の手首のまわりに、綱の結び目が徐々にできてくるのを感じた。と同時に、一方の助手は私のネクタイをといた。昔の私自身の唯一のなごりの布きれであるバチスト織のシャツに、彼はちょっと躊躇《ちゅうちょ》したらしかった。が、やがてそのシャツのえりを切りはじめた。
 私はその恐ろしい用心を見てとり、首にふれる刃物の感触が身にしみて、両肱がふるえ、息をつめたうなり声をもらした。えりを切ってる男の手はふるえた。
「どうか、ごめんください。」と彼は私に言った。「どこか痛かったのですか。」
 その死刑執行人はきわめて穏和な人間だ。
 群集は外部でますます高くわめいていた。
 顔に吹出物のある大きな男は、私に嗅がせるため酢にひたしたハンカチを差し出した。
「ありがとう。」と私はできるだけ強い声で彼に言った。「それにはおよびません。大丈夫です。」
 すると彼らの一人は身をかがめて、小股でしか歩かれないようなふうに、私の両足を巧妙にゆるく縛った。その綱は両手の綱へ結びつけられた。
 それから大きな男は、上衣を私の背に投げかけ、その両袖の先を私のあごの下でゆわえた。なすべきことはすっかりなされた。
 そこで司祭が十字架像を持って近寄ってきた。
「さあ、あなた。」と彼は私に言った。
 死刑執行人の助手たちは私の両脇をとらえた。私は持ちあげられて歩いた。私の足には力がなく、両方に膝が二つずつもあるかのようにまがった。
 その時、外部に通ずる戸口の両の扉がさっと開かれた。激しい喧騒の声と冷たい空気と白っぽい光とが、影のなかに私のところへまではいりこんできた。私は薄暗い戸口の奥から、雨のなかをすかして、すべてを急に一度に見てとった。パレ・ド・ジュスティスの大階段の斜面にごっちゃに積み重なってる人々の、喚き立ててる無数の頭。右手には、入口と同平面に、戸口が低いので私には馬の前足と胸としか見えないが、騎馬の憲兵の一列。正面には、展開している一隊の兵士。左手には、急なはしごが立てかけてある荷馬車の後部。すべて監獄の戸口にはめこまれた一幅の醜悪な画面だ。
 その恐るべき瞬間のために私は勇気をたくわえておいたのだった。私は三歩進んで、くぐり戸の出口にあらわれた。
「あれだ、あれだ!」と群集は叫んだ。「とうとう、出てきた。」
 そして私に近い者らは手をたたいた。人民からいかに愛されてる国王であろうと、これほどの歓迎はされないだろう。
 車はふつうの荷馬車で、痩《や》せこけた馬が一頭つけられていて、ビセートル付近の野菜作りらが着るような赤い模様の青の上っ張りを着てる、荷馬車ひきが一人ついていた。
 三角帽の大きな男がまっ先に乗った。
「こんにちは、サンソン先生!」と鉄柵にぶらさがってる子供らは叫んだ。
 一人の助手が彼につづいて乗った。
「ひやひや、どんたく先生!」と子供らはまた叫んだ。
 彼らは二人とも前部の腰かけに座った。
 こんどは私の番だった。私はかなりたしかな態度で馬車に乗った。
「しっかりしてる!」と憲兵のそばの一人の女が言った。
 その不逞《ふてい》な賛辞は私を元気づけた。司祭が私のそばに来て席を占めた。私は馬のほうに背を向けて後ろむきに、後部の腰かけに座らされたのだった。そういう最後の注意を見てとって私はぞっとした。
 彼らはそれを人情のあることだとしている。
 私はあたりを見まわしてみた。前には憲兵ら、後にも憲兵ら、それから群集に群集に群集、広場の上はまるで人の頭の海だった。
 鉄門のところに、騎馬の憲兵の一隊が私を待っていた。
 将校は命令をくだした。荷馬車とつきそいの行列とは、いやしい群集の喚声で押し進められるように動きだした。
 鉄門を通過した。馬車がポン・トー・シャンジュのほうへまがった時、広場じゅうが敷石から屋根に至るまでどっとわき立ち、ほうぼうの橋と河岸とがこたえ合
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