轤フ話から私はそのことを聞きとった。彼らは檻《おり》の中の私を見に来て、動物園の獣のように私を遠くから見ていった。看守はそれで百スーもらった。
 言うのを忘れていたが、私の監房の扉には昼も夜も番人がついていて、その四角な穴のほうへ目をあげると必ず、いつも打ち開いて見すえているその二つの目にでっくわす。
 それでも、この石の箱の中に空気と昼の光とがあるものとされている。

       一一

 まだ明るくなっていないし、夜の間をどうしたものだろう。私はあることを考えついた。私は起きあがって、監房の四方の壁にあちこちランプをさしつけた。文字や絵やおかしな顔や名前などがいっぱい書いてあって、互いに入り組み消し合っている。各囚人がみな、少なくともここに、なんらかの跡を残そうとしたものらしい。鉛筆のも白墨のも炭のもあるし、黒や白や灰色の文字があるし、石の中に深く刻みこまれてるのが多く、血で書かれたかのような錆《さ》びてる字体もところどころにある。確かに私は、もしも自分の精神がもっと自由だったら、この監房の石の一つ一つの上に、自分の目の前に、一ページずつひろがってゆくそのふしぎな書物に対して、興味をもっただろう。そして私は好んで、板石の上に散らばってるそれらの断片的な思想を一つに組み合わせ、名前の下にそれぞれその男を見出し、細断されてるそれらの記銘に、手足を切り離されてる文句に、頭の欠けてる言葉に、それを書いた人々と同じく首のないその胴体に、意義と生命とを与えてやったことだろう。
 私の枕ほどの高さのところに、一本の矢に貫かれて燃え立ってる二つの心臓があって、「生涯の愛[#「生涯の愛」に傍点]」とその上に書かれている。不幸なこの男は長い約束はしかねたと見える。
 その横には、三つの角のある帽子めいたものがあって、その上に小さな顔が無器用に描かれ、「皇帝万歳[#「皇帝万歳」に傍点]、一八二四年[#「一八二四年」に傍点]。」と書いてある。
 それからなお、燃え立った心臓がいくつもあって、監獄の中の特質たるこういう記銘がついている、「マティユー[#「マティユー」に傍点]・ダンヴァンを愛し崇む[#「ダンヴァンを愛し崇む」に傍点]、ジャック。」
 それと反対の壁には、「パパヴォアーヌ[#「パパヴォアーヌ」に傍点]」という名前が見えている。その頭のPの大文字は、唐草模様《からくさもよう》
前へ 次へ
全86ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング