j滅させられる。それが正義なのだ!
 年老いた憐れな母のことを私は心配するのではない。彼女はもう六十四歳になっていて、この打撃で死ぬだろう。あるいはなお数日生きながらえるとしても、最後のまぎわまでその懐炉《かいろ》の中に多少の温い灰がありさえすれば、なにも不平をこぼさないだろう。
 妻のことも私の気にはかからない。彼女はもうすでに健康を害してるし精神も弱ってる。やはり死ぬだろう。
 さもなければ狂人になるか。狂人は生きながらえるそうだ。しかし少なくとも、その精神はもう苦しまない。精神は眠って、死んだも同様である。
 けれども、私の娘、私の子、今もなお笑いたわむれ歌っていて、なんにも考えていない、あの憐れな小さなマリー、それが私の心を苦しめる。

       一〇

 私の幽閉監房はつぎのとおりである。
 八ピエ四方〔一ピエは約三十センチ〕。四方切石の壁で、そとの廊下から一段高くなってる敷石の床の上に、それが直角につっ立っている。
 外からはいると扉の右手に、奥まったところがあって、人をばかにした寝所となっている。そこにひとたばの藁《わら》が投げだしてある。囚人は夏も冬も、麻のズボンに粗織の上衣をつけたまま、そこで休息し眠るものとされている。
 頭の上には、空のかわりに、アーチ形[#「アーチ形」に傍点]といわれてる真暗な円天井があって、厚い蜘蛛《くも》の巣がぼろ布のようにぶらさがっている。
 それに、窓もなく、風窓もない。木材に鉄を張りつめた扉が一つあるきり。
 いや違っていた。扉のまんなかの上のほうに、九インチ四方ほどの穴がある。十字の鉄格子がついていて、夜は看守が閉めきってしまう。
 外には、かなり長い廊下がある。壁の上方の狭い風窓から空気もかよい明るみもさし、煉瓦《れんが》の仕切りで分かたれているが、まるい低い扉で通行ができる。それらの廊下部屋はそれぞれ、私がはいってるような監房の一種の控え室となっている。そしてそれらの監房には、典獄から懲戒に付せられた囚人が入れられる。最初の三つは死刑囚のものとされている。獄舎にいちばん近くて、獄吏にとってももっとも便利だからだ。
 それらの幽閉監房だけが、昔のビセートルの城の名残りであって、ジャンヌ・ダルクを火刑にしたあのウィンチェスターの枢機官が十五世紀に建てたままのものである。先日やって来た見物人[#「見物人」に傍点]
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