yは適宜の時にいつでも得られるものと安心し、自分の快楽のための仕事を他人に任せきりでいる。ところで、その男もお前と同様に肉と骨とから成っているのだ。――そして、今すぐにあの恐るべき死刑台が取り壊されるためには、生命と自由と財産と家庭とすべてがお前に返されるためには、このペンで彼が一枚の紙の隅に自署するだけでたりるし、あるいは彼の箱馬車がお前の荷馬車に出会うだけでもたりる。――そして、彼は善良だし、おそらく右のことは彼の望むところだろうし、また彼にとって何でもないことだろう!
四一
さあ、死に対して元気を出そう。その恐ろしい観念を両手に取りあげて、それをまともにじっと眺めよう。それがどんなものであるか探ってみよう。それがわれわれに求めるところは何であるか明らかにしよう。それをあらゆる方面から調べ、その謎を解き、その墳墓のなかを前もってのぞいてみよう。
最期の目をつぶると、大きな明るみと光の罩《こ》めた深淵とが見えてきて、そのなかに自分の精神は、はてしなく飛んでゆくだろう、というように私には思われる。空はそれ自身の精気で輝きわたって、そこではもろもろの星も暗い汚点となり、生者の肉眼に映るような黒ビロードの上の砂金とは見えなくて、黄金の羅紗《らしゃ》の上の黒点と見えるだろう、というように私には思われる。
あるいはまた、みじめにも、四方闇黒にとざされたいまわしい深い淵であるかもしれない。そしてそのなかに私は、影のなかに物の形がうごめくのを見ながら、たえず落ちてゆくことだろう。
あるいはまた、私は死後に目を覚まして、何か平たい湿っぽい平面にいて、暗闇のなかを、一つの頭がころがるように回転しながら進んでいくだろう。強い風に吹きやられて、あちこちでころがり動いてる他の頭にぶつかることだろう。ところどころに、何とも知れぬなまぬるい液体の、水たまりや流れがある。すべてまっくらだ。回転のあいだあいだに目を上に向けても、見えるのは闇の空ばかりで、その厚い闇の層がずっしりと垂れている。そして遠く奥のほうに、闇黒よりもひときわ黒い煙が、大きくむくむくとたちのぼっている。またその闇夜のなかに、小さな赤い火の粉が飛ぶのも見える。近づいてゆくと、それは火の鳥となる。そしてそういうのが永遠につづくだろう。
またある時、冬の暗い夜なんかに、グレーヴ刑場の死人らが自分のものた
前へ
次へ
全86ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング