いとするように彼女をながめ始めた。彼は既に深い影の底に沈んではいたが、なおコゼットをながめて恍惚《こうこつ》たることができた。彼女のやさしい顔の反映が彼の蒼白な面《おもて》を照らしていた。墳墓にもその歓喜の情があり得る。
医者は彼の脈を診《み》た。
「ああ御病人に必要なのはあなた方でした。」と彼はコゼットとマリユスとをながめながらつぶやいた。
そして彼はマリユスの耳元に身をかがめてごく低く言い添えた。
「もう手おくれです。」
ジャン・ヴァルジャンはなおほとんどコゼットをながめることをやめないで、心朗らかな様子をしてマリユスと医者とをじろりと見た。そして彼の口から聞き分け難い次の言葉がもれた。
「死ぬのは何でもないことだ。生きられないのは恐ろしいことだ。」
突然彼は立ち上がった。かくにわかに力が戻ってくるのは、時によると臨終の苦悶《くもん》の徴候である。彼はしっかりした足取りで壁の所まで歩いてゆき、彼を助けようとしたマリユスと医者とを払いのけ、壁にかかってる小さな銅の十字架像をはずし、また戻ってきて、健全な者のように自由な動作で腰をおろした。そして十字架像をテーブルの上に置きなが
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