そしてマリユスは、おそらく読者が想像するほど心を動かされてはいなかったであろうが、一時間ばかり前から意外な恐ろしいことにもなれてこざるを得なかったし、目の前で一徒刑囚の姿が徐々にフォーシュルヴァン氏の姿に重なってくるのを見、痛むべき現実にしだいにとらえられ、その場合の自然の傾向として、相手と自分との間にできたへだたりを認めざるを得ないようになって、こう言い添えた。
「私は、あなたが忠実にまた正直に返して下すった委託金について、一言も言わないではおられないような気がします。それは実に清廉な行ないです。あなたはその報酬を受けられるのが正当です。どうかあなたから金額を定めて下さい、それだけ差し上げますから。いかほど多くとも御遠慮にはおよびません。」
「御親切は感謝します。」とジャン・ヴァルジャンは穏やかに答えた。
彼はしばらく考え込んで、人差し指で親指の爪《つめ》を機械的にこすっていたが、やがて口を開いた。
「もうほとんど万事すんだようです。そして最後にも一つ残っていますが……。」
「何ですか。」
ジャン・ヴァルジャンはこれを最後というように躊躇《ちゅうちょ》しながら、声という声も出さず
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