悦とのまばゆい交差点にあった。彼らはジャン・プルーヴェールの詩を実現していた。ふたりの年齢を合わしても四十歳に満たなかった。精気のような結婚であって、そのふたりの若者は二つの百合《ゆり》の花であった。彼らは互いに見ることをせず、しかも互いに見とれ合っていた。コゼットはマリユスを光栄の中にながめ、マリユスはコゼットを祭壇の上にながめていた。そしてその祭壇の上とその光栄の中とに、ふたりは共に神となって相交わり、その奥に、コゼットにとっては霞《かすみ》のうしろに、マリユスにとっては炎の中に、ある理想的なものが、現実的なものが、脣《くち》づけと夢との会合が、婚姻の枕が、横たわってるのだった。
過去のあらゆる苦しみは戻ってきて、かえって彼らを酔わした。苦痛、不眠、涙、煩悶《はんもん》、恐怖、絶望、それらのものも今は愛撫と光輝とに姿を変じて、まさにきたらんとする麗しい時間を更に麗しくするように思われた。そしてあらゆる悲しみも今は喜びの装いをする召し使いのように思われた。苦しんだのはいかに仕合わせなことであるか。彼らの不幸は今や彼らの幸福に曙《あけぼの》の色を与えていた。ふたりの愛の長い苦悶《くも
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