いないのかとも思われた。しかし彼が黙っていたのは、まさしく彼の魂がそこに行ってるからだった。
彼はコゼットがどうなったか少しも知らなかった。シャンヴルリー街の事件はただ一片の雲のように記憶の中に漂っていた。エポニーヌやガヴローシュやマブーフやテナルディエ一家の者や、防寨《ぼうさい》の硝煙にものすごく包まれてる友人らなどは、皆ほとんど見分けのつかないほどの影となって彼の脳裏に浮かんでいた。その血まみれの事件のうちに不思議にもフォーシュルヴァン氏が現われたことは、暴風雨中の謎《なぞ》のように彼には思えた。自分の生命については彼は何にもわからなかった。どうしてまただれから救われたのか少しも知らなかった。周囲の人々にもそれを知ってる者はなかった。周囲の人々から彼が聞き得たことは、辻馬車《つじばしゃ》に乗せられて夜中にフィーユ・デュ・カルヴェール街に運ばれてきたということだけだった。過去も現在も未来も、すべては彼にとって漠然《ばくぜん》たる観念の靄《もや》にすぎなかった。しかしその靄の中に、不動な一点が、明確な一つの形が、花崗岩《かこうがん》でできてるようなある物が、一つの決意が、一つの意志が
前へ
次へ
全618ページ中347ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング