に包まれて転々し、人々を裁いた法官帽は賤婦《せんぷ》の裳衣だった腐敗物の傍に沈溺《ちんでき》する。それは友愛以上であり、昵近《じっきん》である。脂粉を塗っていたものもすべて顔を汚す。最後の覆面も引きはがれる。下水道は一つの皮肉家である。それはすべてのことをしゃべる。
 不潔なるもののかかる誠実さは、吾人を喜ばせ吾人の心を休める。国家至上の道理、宣誓、政略、人間の裁判、職務上の清廉、地位の威厳、絶対に清い法服、などが装ういかめしい様子を、地上において絶えず見続けてきた後、下水道にはいってそれらのものにふさわしい汚泥《おでい》を見るのは、いささか心を慰むるに足ることである。
 それがまた同時に種々のことを教える。さきほど述べたとおり、歴史は下水道を通ってゆく。サン・バルテルミーのごときあらゆる非道は、鋪石《しきいし》の間から一滴一滴とそこにしたたる。公衆の大虐殺は、政治上および宗教上の大殺戮は、この文明の地下道を通って、そこに死骸《しがい》を投げ込んでゆく。夢想家の目より見れば、史上のあらゆる虐殺者らがそこにいて、恐ろしい薄暗がりの中に膝《ひざ》をかがめ、経帷子《きょうかたびら》の一片を前
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