べて虐殺し現に居酒屋の中には頭のない一兵士の死体があるという噂《うわさ》が、彼らの間に言いふらされた。この種の痛ましい風説は、たいてい内乱に伴うものであって、後にトランスノナン街の惨劇を惹起《じゃっき》さしたのは、かかる誤報のゆえであった。
戸の防備ができた時、アンジョーラは他の者らに言った。
「生命を高価に売りつけてやろうよ。」
それから彼はマブーフとガヴローシュが横たわってるテーブルに近づいた。喪布の下には、まっすぐな硬《こわ》ばった姿が大きいのと小さいのと二つ見えており、二つの顔は経帷子《きょうかたびら》の冷ややかな襞《ひだ》の下にぼんやり浮き出していた。喪布の下から一本の手が出て下にたれていた。それは老人の手であった。
アンジョーラは身をかがめて、前日その額に脣《くちびる》をあてたように、その尊むべき手に脣をあてた。
それは彼が生涯のうちにした唯一の二度の脣《くち》づけだった。
さて話を簡単に進めよう。防寨《ぼうさい》はテーベの市門のごとく戦ったが、居酒屋はサラゴサの人家のように戦った。かかる抵抗は執拗《しつよう》である。身を休むる陣営もなく、軍使を出すことも不可能で
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