一つの反乱は、民衆の前に試験を受くる一つの観念である。もし民衆が黒球を投ずれば、その観念はむだ花となり、反乱は無謀の挙となる。
 あらゆる機会に、高遠なる理想が欲するたびごとに、戦いのうちにはいるということは、民衆のよくなし得るところではない。国民は常住不断に英雄や殉教者の気質を持ってるものではない。
 国民は実際的である。先天的に反乱をいやがる。第一に、反乱は破滅に終わることが多いからであり、第二に、反乱の出発点は常に抽象的なものだからである。
 なぜかなれば、そしてこれはきわめてみごとなことであるが、献身者らが身をささげるのは常に理想のためであり、理想のみのためにである。反乱は一つの熱誠である。熱誠は憤怒することがあって、そのために武器を執るに至る。しかしあらゆる反乱は、一つの政府もしくは制度に射撃を向けるが、その目標は更に高い所に存する。たとえば、力説すべきことには、一八三二年の反乱の首領らが戦った目標は、ことにシャンヴルリー街の若い熱狂者らが戦っている目標は、必ずしもルイ・フィリップではなかった。打ち明けて言えば、彼らの大多数は、王政と革命との中間なるこの王の資格を、充分によく
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