れをまた吐き出し、急に泣き出した。
「何で泣くんだい。」と父は尋ねた。
「もうお腹《なか》がすいていないんだもの。」と子供は言った。
 父親の微笑はなお深くなった。
「お菓子を食べるには何もお腹がすいてなくてもいい。」
「このお菓子はいやだ。固くなってるから。」
「もう欲しくないのか?」
「ええ。」
 父は白鳥の方をさし示した。
「あの鳥に投げてやりなさい。」
 子供は躊躇《ちゅうちょ》した。もう食べたくないからと言って、それで他の者にくれてやる理由とはならない。
 父は言い続けた。
「慈悲の心を持ちなさい。動物をもあわれまなければいけない。」
 そして彼は子供の手から菓子を取って、それを池の中に投げやった。
 菓子は岸の近くに落ちた。
 白鳥は遠く池の中程にいて、他の餌《え》を漁《あさ》っていた。そして市民にも菓子パンにも気がつかなかった。
 市民は菓子がむだに終わりそうなのを感じ、その徒《いたず》らな難破に心を動かされて、激しい合い図の身振りをしたので、ようやく白鳥の注意をひいた。
 二羽の白鳥は何か浮いてるのを見つけ、まさしく船のように岸へ方向を変じ、菓子パンの方へ静かに進んでき
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