た。
 前日雨が降り、その日の朝も少し降った。しかし六月の驟雨《しゅうう》は大したことではない。暴風雨があっても、一時間とたつうちには、どこに雨が降ったかというようにからりと晴れてしまう。夏の地面は、子供の頬《ほお》と同じくすぐにかわきやすい。
 夏至に近いま昼の光は刺すがようである。それはすべてを奪い取る。執拗《しつよう》に地面にしがみついてすべてを吸い取る。太陽も喉がかわいてるかと思われる。夕立ちも一杯の水にすぎない。一雨くらいはすぐに飲み干される。朝はすべてに水がしたたっていても、午後にはすべてが砂塵《さじん》におおわれる。
 雨に洗われ日光に拭《ぬぐ》われた緑葉ほどみごとなものはない。それは暖かい清涼である。庭の木も牧場の草も、根には水を含み花には日を受け、香炉のようになって一時にあらゆるかおりを放つ。すべてが笑いのぞき出す。人は穏やかな酔い心地になる。初夏は仮りの楽園である。太陽は人の心をものびやかにする。
 そして、世にはこれ以上を何も求めない者がいる。ある気楽者らは、空の青いのを見て、これで充分だと言う。ある夢想家らは、自然の驚異に没頭して、自然を賛美するのあまり、善悪に
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