像していただきたい[#ここで割り注終わり])
「なあ、おい。」
「なによ、お父《とう》さん。」
「あの爺さんが見えるか。」
「どの爺さん?」
「向こうの、婚礼馬車の一番先のに乗ってる、こちら側のさ。」
「黒い布で腕をつってる方の。」
「そうだ。」
「それがどうしたの。」
「どうも確かに見覚えがある。」
「そう。」
「この首を賭《か》けてもいい、この命を賭けてもいい、俺《おれ》は確かにあのパンタン人([#ここから割り注]パリー人[#ここで割り注終わり])を知ってる。」
「なるほど今日は、パリーはパンタンだね。」([#ここから割り注]訳者注 パンタンとは小さな操り人形のことにて仮面道化をさすのであるが、また下層の俗語ではパリーのことをパンタンという[#ここで割り注終わり])
「少しかがんだらお前に花嫁が見えやしないか。」
「見えない。」
「花婿の方は?」
「あの馬車には花婿はいないよ。」
「なあに!」
「いないよ、もひとりの爺《じい》さんが花婿なら知らないが。」
「とにかくよくかがんで花嫁を見てくれ。」
「見えやしないよ。」
「じゃいいさ。だが手をどうかしてるあの爺さんを、俺は確かに知ってる。」
「爺さんを知ってるったって、それがなにになるんだね。」
「それはわからねえ。だが時には何かになるさ。」
「あたしは爺《じい》さんなんかあまり気には止めないよ。」
「俺はあいつを知ってる!」
「勝手に知るがいいよ。」
「どうして婚礼の中に出てきたのかな。」
「よけいなことだよ。」
「あの婚礼はどこから出たのかな。」
「あたしが知るもんかね。」
「まあ聞けよ。」
「なに?」
「ちょっと頼まれてくれ。」
「なにを?」
「馬車からおりてあの婚礼の跡をつけるんだ。」
「どうして?」
「どこへ行くのか、そしてどういう婚礼か、少し知りてえんだ。急いでおりて駆けていけ、お前は若いから。」
「この馬車を離れることはできないよ。」
「なぜだ。」
「雇われているんだからさ。」
「畜生!」
「はすっぱ娘になって警視庁から一日分の給金をもらってるじゃないかね。」
「なるほど。」
「もし馬車から離れて、警視に見つかろうもんなら、すぐにつかまってしまう。よく知ってるくせに。」
「うん、知ってるよ。」
「今日は、あたしはお上《かみ》から買われた身だよ。」
「それはそうだが、どうもあの爺《じい》さんが気になる。」
「爺さんなのが気になるの。若い娘でもないくせにね。」
「一番先の馬車に乗ってる。」
「だから?」
「花嫁の馬車に乗ってる。」
「それで?」
「花嫁の親に違いねえ。」
「それがどうしたのさ。」
「花嫁の親だというんだ。」
「そうさね、ほかに親はいやしない。」
「まあ聞けよ。」
「なんだね?」
「俺《おれ》は仮面をつけてでなけりゃ外にはあまり出られねえ。こうしてりゃ、顔が隠れてるからだれにもわからねえ。だが明日《あした》になったらもう仮面がなくなる。明日は灰の水曜日([#ここから割り注]四旬節第一日[#ここで割り注終わり])だ。うっかりすりゃ捕《つか》まっちまう。また穴の中に戻らなきゃあならねえ。ところがお前は自由な身体だ。」
「あまり自由でもないよ。」
「でも俺よりは自由だ。」
「だからどうなのよ?」
「あの婚礼がどこへ行くか調べてもらいたいんだ。」
「どこへ行くか?」
「そうだ。」
「それはわかってるよ。」
「なに、どこへ行くんだ?」
「カドラン・ブルーへさ。」
「なにそっちの方面じゃねえ。」
「それじゃ、ラーペへさ。」
「それともほかの方かも知れねえ。」
「それは向こうの勝手さ。婚礼なんてものはどこへ行こうと自由じゃないか。」
「まあそんなことはどうでもいい。とにかく、あの婚礼はどういうもので、あの爺《じい》さんはどういう男で、またあの人たちはどこに住んでるか、それを俺に知らしてくれというんだ。」
「いやだよ! ばかばかしい。一週間もたってから、謝肉祭の終わりの火曜日にパリーを通った婚礼がどこへ行ったか調べたって、なかなかわかるもんじゃないよ。藁小屋《わらごや》の中に落ちた針をさがすようなもんだ。わかりっこないよ。」
「でもまあやってみるんだ。いいかね、アゼルマ。」
 そのうち二つの列は、大通りの両側で反対にまた動き出した。そして花嫁の馬車は仮装馬車から見えなくなってしまった。

     二 なお腕をつれるジャン・ヴァルジャン

 夢想を実現すること。だれがそれを許されているか。それには天における推薦を得なければならない。人は皆自ら知らずして候補に立つ、そして天使らが投票をする。コゼットとマリユスとはその選にはいっていた。
 区役所と教会堂とにおけるコゼットは、燦然《さんぜん》として人の心を奪った。彼女の身じたくは、ニコレットの手伝いで重《おも》にトゥーサン
前へ 次へ
全155ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング