ながら、自分の瞑想《めいそう》の重みの下に、彼は頭を下げていた。それは自然のことではあるが、あまり上手なやり方ではなかった。彼が頭を上げた時、もうそこにはだれもいなかった。男は森と薄暗がりとの中に消えてしまっていた。
「畜生め、」とブーラトリュエルは言った、「今一度見つけ出してやらあ。どこの奴《やつ》かさがし出してやらあ。うろついてる盗賊め、何かわけがあるに違いねえ。嗅《か》ぎ出してやるぞ。この森の中で、俺《おれ》に内密《ないしょ》で仕事をしようたって、やれるものか。」
 彼は鋭くとがった鶴嘴《つるはし》を取り上げた。
「さあ、」と彼はつぶやいた、「これで地面でも人間でもさがせる。」
 そして糸と糸とをつなぎ合わしてゆくように、男がたどったと思われる道筋にできるだけよく従いながら、彼は木立ちの中を進み始めた。
 大またに百歩ばかり進んだ頃、上りかける太陽の光の助けを得た。所々砂の上についてる足跡、踏みにじられた草、押し分けられた灌木《かんぼく》、目をさましながら伸びをする美人の腕のようなやさしいゆるやかさで、茂みの中に身を起こしつつある曲げられた若枝、そういうものが彼に道筋を示してくれた。彼はそれに従っていった。それからそれを見失った。時は過ぎていった。彼は森の中に深くはいり込んだ。そして一種の高所に達した。ギーユリーの歌の節《ふし》を口笛で吹きながら遠くの小道を通ってゆく朝の猟人をひとり見て、彼は木へ登ってみようと思いついた。年は取っていたがなかなか敏捷《びんしょう》だった。ちょうどそこには、チチルス([#ここから割り注]訳者注 ※[#「木+無」、第3水準1−86−12]の木の下に横たわってる瞑想的な羊飼い――ヴィルギリウスの詩[#ここで割り注終わり])とブーラトリュエルとにふさわしい※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》の大木が一本あった。ブーラトリュエルはできるだけ高くその※[#「木+無」、第3水準1−86−12]に登った。
 それはいい思いつきだった。木立ちが入り組んで森が深くなってる寂然《せきぜん》たる方面をながめ回すと、突然男の姿が見えた。
 しかし男は、見えたかと思うまにまた隠れてしまった。
 男は大木の茂みにおおい隠されてるかなり向こうの開けた場所へ、はいり込んだ、というよりもむしろすべり込んだのである。しかしブーラトリュエルはその開けた場所をよく知っていて、そこには臼石《うすいし》がうずたかく積んであり、そのそばに、亜鉛板《トタンいた》を樹皮へじかに打ち付けてある枯れかかった栗《くり》の木が一本あるのを、よく見ておいた。その開けた場所は、ブラリュの地所と昔言われた所だった。積まれた石は何にするためのものかわからなかったが、三十年前までは確かにそのまま残っていた。今日もまだたぶんそこにあるだろう。板塀《いたべい》がいくら長くもつと言っても、およそ石の積んだのくらい長くもつものはない。ところがそこには一時のものでたくさんで、長くもたせなければならないような理由は一つもなかったのである。
 ブーラトリュエルは喜びの余り大急ぎで、木からおりた、というよりむしろすべり落ちた。穴は見つかった。今は獣を捕えるだけだった。夢みていたあのたいへんな宝は、たぶんそこにあるに違いなかった。
 しかしその開けた場所まで行くのは、そう容易なことではなかった。無数の稲妻形の意地悪く曲がりくねってる知った小道から行けば、十五分くらいは充分かかるのだった。一直線に進んでゆくには、木の茂みがその辺はことに厚く、荊棘《いばら》が深く強くて、三十分はたっぷりかかるのだった。ブーラトリュエルはこの点を思い誤った。彼は一直線の方を信じた。一直線ということは、尊むべき幻覚ではあるが、往々人を誤らせることが多い。茂みが深く交差していたが、ブーラトリュエルはそれを最善の道のように思った。
「狼《おおかみ》の大通りから行ってやれ。」と彼は言った。
 ブーラトリュエルはいつも斜めな道を取るになれていて、こんどだけまっすぐな道を歩くのは誤りだった。
 彼は思い切って、入り乱れた藪《やぶ》の中につき進んだ。
 柊《ひいらぎ》や蕁麻《いらぐさ》や山査子《さんざし》や野薔薇《のばら》や薊《あざみ》や気短かな茨《いばら》などと戦わなければならなかった。非常な掻傷《そうしょう》を受けた。
 低地の底では水たまりに出会って、それを渡らなければならなかった。
 彼はついに四十分ばかりの後、ブラリュの空地へたどりついた。汗を流し、着物をぬらし、息を切らし、肉を引き裂かれ、恐ろしい姿になっていた。
 空地にはだれもいなかった。
 ブーラトリュエルは石の積んである所へ走り寄った。石は元のとおりだった。動かされた跡はなかった。
 男の方は、森の中に消えうせていた。逃げてし
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