ある。敵を殺す以上は皆死を欲する。シューシェが「降伏せよ」と言う時に、パラフォクスは答える、「弾丸の戦いの後には刃物の戦いのみだ。」([#ここから割り注]訳者注 一八〇九年サラゴサの攻囲の折のこと[#ここで割り注終わり])ユシュルー居酒屋の襲撃にはあらゆるものが交じっていた。舗石《しきいし》は窓や屋根から雨のごとく降り、兵士らはそれにたたきつぶされつつ激昂した。窖《あなぐら》や屋根裏から銃弾が飛んだ。攻撃は猛烈であり、防御は激烈であった。最後に、戸が破れた時には、鏖殺《みなごろし》の狂猛な蛮行が演ぜられた。襲撃者らはこわされて床《ゆか》に投げ出された戸の板に足を取られながら、居酒屋の中に突入したが、そこにはひとりの敵もいなかった。螺旋状《らせんじょう》の階段は斧《おの》に断ち切られて室《へや》のまんなかに横たわっており、数人の負傷者らは既に息絶えており、生命のある者は皆二階に上がっていた。階段の入口だったその天井の穴から、恐怖すべき銃火が爆発した。それは最後の弾薬であった。その弾薬が尽きた時、瀕死《ひんし》の苦しみのうちにある恐ろしい彼らに火薬も弾もなくなった時、前に述べたとおりアンジョーラが取って置かした壜《びん》を各自に二本ずつ取り上げ、そのこわれやすい棍棒《こんぼう》をもって上がってくる兵士らに対抗した。それは葡萄酒《ぶどうしゅ》ではなく硝酸《しょうさん》の壜だった。われわれはここに、その殺戮《さつりく》の陰惨な光景をありのまま語っているのである。包囲された者はあらゆる物を武器となす。水中燃焼物もアルキメデスの名を汚すものではなく、沸騰せる瀝青《チャン》もバイヤールの名を汚すものではない。戦争はすべて恐怖であり、武器を選ぶの暇はない。襲撃者らの銃火は不自由でかつ下から上に向かってなされるものではあったが、しかも多くの殺傷を与えた。天井の穴の縁は、間もなく死者の頭にかこまれ、それから煙を立てる長いまっかな糸がしたたった。混乱は名状すべからざるありさまだった。家の中に閉じこめられた燃ゆるがような煙は、この戦闘の上をほとんど暗夜のようにおおっていた。戦慄《せんりつ》すべき光景もこの程度に達すれば、それを現わす言葉はない。今や地獄の中のようなこの争闘のうちには、もはや人間はいなかった。もはや巨人と巨獣との戦いでもなかった。ホメロスの語るところよりもミルトンやダンテの語るところにいっそう似てるものだった。悪魔が攻撃し幽鬼が抵抗したのである。
 それは怪物的な壮烈さであった。

     二十三 断食者と酩酊者《めいていしゃ》とのふたりの友

 ついに、短い梯子《はしご》を作り、階段の残骸《ざんがい》をたよりとし、壁を攀《よ》じ、天井に取りつき、引き戸の縁で抵抗する最後の者らを薙《な》ぎ払いながら、戦列兵と国民兵と市民兵とが入り交じってる二十人ばかりの襲撃者は、その恐ろしい登攀《とうはん》のうちに大部分は顔の形もわからないまでに傷を受け、血潮のために目も見えなくなり、憤激し、凶猛となって、二階の広間に侵入した。そこには、立ってる者はただひとりにすぎなかった。それはアンジョーラだった。弾薬もなく、剣もなく、入り来る者らの頭をなぐって床尾をこわしたカラビン銃の銃身を手にしてるのみだった。彼は襲撃者らを球突台《たまつきだい》で隔て、室《へや》の片すみに退き、そこで眦《まなじり》を決し、昂然《こうぜん》と頭を上げ、筒先ばかりの銃を手にして立っていたが、その姿はなお敵に不安を与え、周囲には空地が残されてだれも近づく者はなかった。ある者が叫んだ。
「これが首領だ。砲手を殺したのもこの男だ。そこに立ってるのはちょうどいい。そのままでいろ。すぐ銃殺してやる。」
「打て。」とアンジョーラは言った。
 そしてカラビン銃の断片を投げすて、腕を組んで、胸を差し出した。
 みごとな死を遂げる豪胆さは、常に人を感動させるものである。アンジョーラが腕を組んで最期を甘受するや、室の中の争闘の響きはやみ、その混乱はたちまち墳墓のごとき厳粛さに静まり返った。武器をすてて身動きもせずに立ってるアンジョーラの威風は、騒擾《そうじょう》を押さえつけてしまったかと思われた。ただひとり一個所の傷も負わず、崇高な姿で、血にまみれ、麗しい顔をし、不死身なるかのように平然としているこの青年は、その落ち着いた一瞥《いちべつ》の威厳のみで既に、ものすごい一群の者らをして、彼を殺すに当たって尊敬の念を起こさしめるかと思われた。彼の美貌《びぼう》は、その瞬間|矜持《きょうじ》の念にいっそう麗しくなって、光り輝いていた。そして負傷を知らないとともに疲労をも知らない身であるかのように、恐るべき二十四時間を経きたった後にもなお、その面《おもて》は鮮《あざや》かな薔薇色《ばらいろ》をしていた。一証人
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