した。それから彼は、鉄格子を開き、相手の男をその背中の厄介物と共に外へ送り出し、鉄格子をまた閉ざし、そして逃げてしまいました。事件にそれ以上関係したくないと思い、ことに殺害者がその被害者を川に投げ込む時その近くにいたくないと思ったからでした。で、これまでお話し申せばもう充分おわかりでしょう。死体をかついでいたのはジャン・ヴァルジャンです。鍵《かぎ》を持っていたのは、現にかく申し上げてる私です。そして上衣の布片《きれ》は……。」
 そしてテナルディエは、一面に黒ずんだ汚点のついてる引き裂けた黒ラシャの一片を、ポケットから取り出し、両手の親指と人差し指とでつまんでひろげながら、それを目の所まで上げて、物語の結末とした。
 マリユスは色を変えて立ち上がり、ほとんど息もつけないで黒ラシャの一片を見つめ、一言も発せず、その布片から目を離しもせず、壁の方へ退《さが》ってゆき、うしろに差し出した右手で壁の上をなでながら、暖炉のそばの戸棚の錠前についていた一本の鍵をさがした。そしてその鍵を探りあて、戸棚《とだな》を開き、なおテナルディエがひろげてる布片から驚きの眸《ひとみ》を離さず、後ろ向きのまま戸棚の中に腕を差し伸ばした。
 その間テナルディエは言い続けていた。
「男爵、その殺された青年は、ジャン・ヴァルジャンの罠《わな》にかかったどこかの金持ちで、大金を所持していたものだと思える理由が、いくらもあります。」
「その青年は僕だ、その上衣はこれだ!」とマリユスは叫んだ。そして血に染《そ》んだ古い黒の上衣を床《ゆか》の上に投げ出した。
 彼はテナルディエの手から布片を引ったくり、上衣の上に身をかがめ、裂き取られた一片を裂けてる据《すそ》の所へあててみた。裂け目はきっかり合って、その布片のために上衣は完全なものとなった。
 テナルディエは茫然《ぼうぜん》とした。「こいつはやられたかな、」と彼は考えた。
 マリユスは身を震わし、絶望し、また驚喜して、すっくとつっ立った。
 彼はポケットの中を探り、恐ろしい様子でテナルディエの方へ進み寄り、五百フランと千フランとの紙幣をいっぱい握りつめた拳《こぶし》を差し出し、彼の顔につきつけた。
「君は恥知らずだ! 君は嘘《うそ》つきで、中傷家で、悪党だ! 君はあの人に罪を着せるためにやってきて、かえってあの人を公明なものにした。あの人を破滅させようとし
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