があると思いますか。」
「確かにある。」
「ではそれを一つ求めます。」
「何を?」
「その男を自分で射殺することです。」
 ジャヴェルは頭を上げ、ジャン・ヴァルジャンの姿を見、目につかぬくらいの身動きをして、そして言った。
「正当だ。」
 アンジョーラは自分のカラビン銃に弾をこめ始めていた。彼は周囲の者を見回した。
「異議はないか?」
 それから彼はジャン・ヴァルジャンの方を向いた。
「間諜《スパイ》は君にあげる。」
 ジャン・ヴァルジャンは実際、テーブルの一端に身を置いてジャヴェルを自分のものにした。彼はピストルをつかんだ。引き金を上げるかすかな音が聞こえた。
 それとほとんど同時に、ラッパの響きが聞こえてきた。
「気をつけ!」と防寨《ぼうさい》の上からマリユスが叫んだ。
 ジャヴェルは彼独特の声のない笑いを始めた。そして暴徒らをじっとながめながら、彼らに言った。
「きさまたちも俺《おれ》以上の余命はないんだ。」
「みんな外へ!」とアンジョーラは叫んだ。
 暴徒らはどやどやと外に飛び出していった。そして出てゆきながら、背中に――こう言うのを許していただきたい――ジャヴェルの言葉を受けた。
「じきにまた会おう!」

     十九 ジャン・ヴァルジャンの復讐《ふくしゅう》

 ジャン・ヴァルジャンはジャヴェルとふたりきりになった時、捕虜の身体のまんなかを縛ってテーブルの下で結んである繩《なわ》を解いた。それから立てという合い図をした。
 ジャヴェルはそれに従った。縛られた政府の権威が集中してるような名状し難い微笑を浮かべていた。
 ジャン・ヴァルジャンは鞅《むながい》をとらえて駄馬《だば》を引きつれるように、鞅縛りにした繩を取って、ジャヴェルを引き立て、自分のうしろに引き連れながら、居酒屋の外に出た。ジャヴェルは足をも縛られていてごく小またにしか歩けなかったので、ゆっくりと進んでいった。
 ジャン・ヴァルジャンは手にピストルを持っていた。
 ふたりはかくて防寨《ぼうさい》の中部の四角な空地を通っていった。暴徒らはさし迫った攻撃の方に心を奪われて、こちらに背中を向けていた。
 ただマリユスひとりは、少し離れて防壁の左端に控えていて、ふたりの通るのを見た。死刑囚と処刑人と相並んだありさまは、マリユスの心の中にある死の光で照らし出された。
 ジャン・ヴァルジャンは一瞬間も
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