《うず》を立てていた。去年の秋から残ってる少しの黄色い落葉が互いに愉快げに追っかけ合って、戯れてるがようだった。
 豊かな光には何となく人の心を安らかならしむるものがあった。生命、樹液、暑気、蒸発気などは満ちあふれていた。万物の下にその源泉の大きさが感ぜられた。愛に貫かれてるそれらの息吹《いぶき》の中に、反照と反映との行ききの中に、光の驚くべき濫費《らんぴ》の中に、黄金の液の名状し難い流出の中に、無尽蔵者の浪費が感ぜられた。そしてその光輝のうしろには、炎の幕のうしろにおけるがように、無数の星を所有する神がかすかに認め得らるるのであった。
 砂がまかれてるために一点の泥土もなかった、また雨が降ったために一握の塵埃《じんあい》もなかった。草木の茂みは洗われたばかりの所だった。あらゆる種類のビロードや繻子《しゅす》や漆《うるし》や黄金は、花の形をして地からわき出て、一点の汚れも帯びていなかった。壮麗であるとともに瀟洒《しょうしゃ》だった。楽しき自然の沈黙が園に満ちていた。その天国的な沈黙とともに、巣の中の鳩《はと》の鳴き声、群蜂《ぐんぽう》の羽音、風のそよぎなど、無数の音楽が聞こえていた。季節の調和は全体を一団の麗しいものに仕上げていた。春の来去は適当な順序でなされていた。ライラックの花は終わりに近づき、素馨《ジャスミン》の花は咲きそめていた。ある花が遅れていると、その代わりにある昆虫が早めに出ていた。六月の前衛たる赤い蝶《ちょう》は、五月の後衛たる白い蝶と相交わっていた。篠懸《すずかけ》は新しい樹皮をまとっていた。マロニエのみごとな木立ちは微風に波打っていた。実にそれは光り輝いた光景であった。近くの兵営の一老兵士は、鉄門から園の中をのぞいて言った、「正装した春だ。」
 自然はすべて朝食にかかっていた。万物は食卓についていた。今はちょうどその時刻だった。青い大きな卓布が空にかけられ、緑の大きな卓布が地にひろげられていた。太陽は煌々《こうこう》と輝いていた。神はすべてに食事を供していた。あらゆるものは各自の秣《まぐさ》や餌《え》を持っていた。山鳩《やまばと》には麻の実があり、鶸《ひわ》には黍《きび》があり、金雀《かなりや》には※[#「くさかんむり/繁」、第3水準1−91−43]※[#「くさかんむり/婁」、第3水準1−91−21]《はこべ》があり、駒鳥《こまどり》には虫があり
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