スのである。その女というのは、夫《おっと》から頬《ほお》を打たれ、父の所へ行ってそれを訴え、返報を求めて言った、「お父さん、私の夫に対して侮辱の仕返しをして下さい。」父は尋ねた、「どちらの頬をお前は打たれたのか。」「左の頬です。」父は娘の右の頬を打って言った、「これでいいだろう。夫に言うがよい。彼は私の娘を打った、しかし私は彼の妻を打ったと。」
雨はやんでいた。新たな者らも到着した。労働者らは上衣の下に隠して種々なものを持ってきていた、火薬の樽《たる》一個、硫酸の壜《びん》のはいってる籠《かご》一つ、謝肉祭用の炬火《たいまつ》二、三本、「国王祝名祭の残り物」たる灯明皿《とうみょうざら》のはいった一つの籠。この祭は少し前、五月一日に行なわれたのだった。それらの品物は、サン・タントアーヌ郭外のペパンという雑貨商の家から持ってこられたということである。また、シャンヴルリー街のただ一つの街灯、その向こうサン・ドゥニ街にある街灯、それからモンデトゥールやシーニュやプレシュールやグランド・トリュアンドリーやプティート・トリュアンドリーなど付近の街路のあらゆる街灯を、人々はこわしてしまった。
ア
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