フ気に入るものだった。その後十七年間、彼はその間に起こった事変にはほとんど注意も払わず、ワーテルローを痛むの念をおごそかに守っていた。最期の時には、臨終の苦悶《くもん》のうちに、百日([#ここから割り注]訳者注 ナポレオン再挙の百日間[#ここで割り注終わり])の将校らから贈られた一本の剣を胸に抱きしめていた。ナポレオンは軍隊[#「軍隊」に傍点]という一語を発して死んだが、ラマルクは祖国[#「祖国」に傍点]という一語を発して死んだ。
彼の死は予期されていたが、民衆からは一つの損失として恐れられ、政府からは何かの機会として恐れられていた。その死は一般の喪となった。しかしすべて悲痛なるものと同様に、喪も騒乱となることがある。それが今まさしく起こったのである。
ラマルクの葬式の定日たる六月六日の前日とその朝、サン・タントアーヌ郭外は、葬式の行列がすぐそばを通るというので、恐るべき光景を呈した。網の目のように入り乱れたその騒々しい小路は、流言|蜚語《ひご》で満たされた。人々はできるだけの武装をした。ある指物師《さしものし》らは、「戸を破るため」に仕事台の鉤金《かきがね》を持ち出した。また編み
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