驕B主人の姿を反映するそれらの腐敗した良心からは一種の毒気が立ち上り、公衆の権威は汚れ、人の心は小さく、良心は凡庸《ぼんよう》で、魂は臭い。カラカラの下においてもそうであり、コンモヅスの下においてもそうであり、ヘリオガバルスの下においてもそうである。しかるにシーザーの下にあるローマの元老院においては、発する糞尿《ふんにょう》の匂いも鷲《わし》の巣のそれである。
 かくてタキツスやユヴェナリスのごとき者らが現われる。それは一見遅きに失するようであるが、およそ摘発者が出現するのは、まさしくそれと明らかになった時においてである。
 しかしながらユヴェナリスやタキツスは、旧約時代のイザヤと同じく、中世のダンテと同じく、共に人間である。されど暴動や反乱は群集であって、あるいは不正となり、あるいは正当となる。
 最も普通の場合には暴動は物質的な事実より発する。しかるに反乱は常に精神的な現象である。マサニエロのごときは暴動であり、スパルタクスのごときは反乱である([#ここから割り注]訳者注 前者は十七世紀ナポリ乱徒の首領、後者は前一世紀反抗奴隷の首領[#ここで割り注終わり])。反乱は精神に訴え、暴動
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