ヘいってゆく時には一縷《いちる》の希望を持っていたが、出て来る時には深い絶望をいだいていた。
 しかも、年若い者の心を観察したことのある人は了解するであろうが、あの槍騎兵《そうきへい》、将校、ばか者、従兄《いとこ》のテオデュールは彼の精神に何らの陰影をも残さなかった。少しの陰影をも残さなかった。孫に向かって祖父がだしぬけにもらしたその秘密から、戯曲家ならたいてい何かの紛乱を期待するかも知れない。しかし劇はそれでおもしろくなるかも知れないが、真実さは減じてくるに違いない。マリユスはまだ悪いことは何事をも信じない年配であった。すべてを信ずる年配はそのあとにしかやってこない。疑念は皺《しわ》にほかならない。年若い青春は皺を持たない。オセロを転倒させることもカンディードの上にはただすべりゆくのみである([#ここから割り注]訳者注 セークスピアの戯曲オセロ ヴォルテールの小説カンディード[#ここで割り注終わり])。コゼットを疑う! そういう事はマリユスにとっては多くの罪悪よりもなおなし難かったであろう。
 彼は街路を歩き始めた。それは苦しむ者の普通のやり方である。彼は何か考えていたが、あとで思い
前へ 次へ
全722ページ中468ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング