ヌの上におそらく釘《くぎ》で彫りつけられたらしい一行の文字が突然目にはいった。
 ヴェールリー街十六[#「ヴェールリー街十六」に傍点]。
 それはごく新しくしるされたもので、その線はまっ黒な古い漆喰《しっくい》の中に白く見えており、壁の根本にある一叢《ひとむら》の蕁麻《いらくさ》は新しい漆喰の粉をかぶっていた。おそらく前夜のうちに書かれたものに違いなかった。いったいこれは何だろう? だれかの住所か、それとも他の者に対する合い図か、それとも自分に対する警告か? いずれにしても知らない者らが庭に侵入してきたことは明らかだった。以前に家中を驚かした不思議なできごとを彼は思い起こした。そしてあれかこれかとしきりに頭を悩ました。釘の先で壁に書かれた一行の文字については、こわがらしてはならないと思ってコゼットには少しも話さなかった。
 種々のことを考え推測してジャン・ヴァルジャンは、いよいよパリーを去り、フランスをも去り、イギリスに渡ろうと決心していたのであった。コゼットにも前もって知らしておいた。一週間のうちに出立しようと思っていたのである。で今彼は練兵場の土堤《どて》の陰にすわって種々の考えを
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