ウれ、悲しみの中にあっても恍惚《こうこつ》として、彼らは互いに抱き合い、知らぬまに脣《くちびる》を合わし、喜びにあふれて涙に満ちてる目を上げては、空の星をながめた。
 マリユスが外に出た時、街路には人影もなかった。それはちょうど、エポニーヌが盗賊らの跡をつけて大通りまで行った時だった。
 木に頭をもたして思い沈んでいる時、マリユスの頭に一つの考えが浮かんだのだった。それも実は彼自身にさえ愚かな不可能なことだと思えるものであった。しかし彼は激しい決心を固めたのである。

     七 老いたる心と若き心との対峙《たいじ》

 ジルノルマン老人は当時、はや九十一歳になっていた。そしてやはりジルノルマン嬢とともに、フィーユ・デュ・カルヴェール街六番地の自分の古い家に住んでいた。読者の記憶するとおり彼は、まっすぐに立ちながら死を待ち、老年になっても腰も曲がらず、悲しみがあっても背もかがまないという、あの古代式な老人のひとりであった。
 けれども最近になって、「お父さんも弱ってこられた、」と彼の娘は言っていた。彼はもう女中を平手でなぐることもしなくなった。外から帰ってきて、バスクが扉《とびら》を
前へ 次へ
全722ページ中439ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング