ノ通うことの方を容易になし得たろう。ある時、月の光の下で、コゼットが地面に何か拾おうとして身をかがめ、その襟が少し開いて首筋がちらと見えた時、マリユスは目をそらしたのだった。
 それらふたりの間には何が起こったか。否何事も。ふたりはただ互いに欽慕《きんぼ》し合ったばかりである。
 夜、ふたりがそこにいる時、庭は生きてる神聖なる場所のようになった。あらゆる花は彼らのまわりに開いて香気を送り、彼らはその魂を開いて花の間にひろげた。放逸強健な植物は養液と陶酔とに満たされて無垢《むく》なふたりのまわりに身を震わし、ふたりは樹木もおののくばかりの愛の言葉を言いかわした。
 ふたりの言葉は何であったか。それはただ息吹《いぶき》であった。それ以上のものではなかった。その息吹だけですべて自然を乱し感動させるに足りた。木の葉の下を吹く風のままに、煙のように吹き去られ散らさるるそれらの睦言《むつごと》は、書物の中で読んだばかりでは、その魔術的な力を感ずることは難いだろう。ふたりの恋人のささやきから、魂より発して竪琴《たてごと》のように伴奏する旋律を取り去る時、あとに残るものはもはや一つの影にすぎない。「な
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