間の道を持たない。身を滅ぼすか救うかいずれかである。すべて人の生涯はそういう両端のうちにはさまれている。そして滅落や至福かの板ばさみは、いかなる場合よりも恋愛において最もよく迫ってくる。愛は死でなければ生である。揺籃《ゆりかご》か柩《ひつぎ》かである。人の心のうちでは、同一の感情がしかりとも言えば否とも言う。神の手に成るいっさいのもののうちで、人の心は最も多く光輝を放つものであるとともに、また悲しくも最も多く暗黒を出すものである。
コゼットの出会う愛は救済の愛であらんことを神は欲した。
一八三二年五月の毎夜、その荒れはてたわずかな庭のうちに、日ごとにかおりは高まり茂みは深くなるその藪《やぶ》の下に、あらゆる貞節と無垢《むく》とでできてるふたりの者、天の恵みに満ちあふれ、人間によりも天使に近い、純潔で正直で恍惚《こうこつ》として光り輝いてるふたりの者が、暗闇《くらやみ》のうちに互いに照らし合っていた。コゼットにとってはマリユスが王冠をいただいてるかと思われ、マリユスにとってはコゼットが円光に包まれてるかと思われた。彼らは互いに相触れ互いに見合わし、互いに手を取り合い、互いに相接して
前へ
次へ
全722ページ中393ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング