たけれど壮大さは減じてきて、コルネイユの後にラシーヌがきたようなものであり、アイスキロスの後にエウリピデスがきたようなものである。またある句などは、両時期にまたがって野蛮な趣と比喩的な趣とを兼有して、幻覚に似たものもある。〔Les sorgueurs vont sollicer des gails a` la lune.〕(徘徊者は夜中に馬を盗みに行く。)そういう言葉は一群の幽霊のように人の頭をかすめ過ぎる。眼前に見える者は果たして何者であるか人にはわからない。
 第三には方便である。隠語は普通の言語によって生きている。でき心のままに普通の言葉を使い、臨機応変にそれから種をくみ取ってき、必要に応じてそれを簡単粗雑なものに変えてしまっただけのものが多い。時としては、かく形をゆがめた普通の言葉と純粋な隠語の言葉とを結び合わして、おもしろい言い方を作り上げ、前にいった直接創造と比喩《ひゆ》との両要素の混合が感ぜらるるものもある。

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Le cab jaspine, je marronne que la roulotte de Pantin trime dans le s
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