「その一片たりとも、忘却の上に、深淵《しんえん》の上に、浮き出させ存続させることは、社会観察の視野をひろげることであり、文明に奉仕することである。プラウツスはカルタゴのふたりの兵士にフェーニキア語を話させながら、故意にか偶然にかかかる仕事をした。モリエールは多くの人物に東方語やあらゆる方言を話させながら、かかる仕事をした。そういえばまた異議が起こるだろう。「フェーニキア語は素敵だ。東方語はいい。方言もまあ許される。それらはある国やまたある地方に属していたものである。しかし隠語は何だ。隠語を保存して何になるか。隠語を浮かび上がら[#「浮かび上がら」に傍点]して何になるか。」
それに対して我々はただ一言答えよう。確かに、一国もしくは一地方が話した言葉が興味に価するならば、注意と研究とに一層よく価するものが他に一つある、それは一悲惨が話した言葉である。
それは、たとえばフランスにおいて、既に四世紀以上の間、一悲惨ではなくて全悲惨が、おおよそ可能なる人間の悲惨が、話しきたった言葉である。
そしてまた、我々はあえて主張するが、社会上の奇形と廃疾とを研究し、それらを治癒《ちゆ》せんがために摘
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