所に立っていた。これもまた、ジャン・ヴァルジャンが自ら定めたらしい常例に反することであり、悲しみのため室内に閉じこもりがちになったコゼットの習慣に反することであった。その時コゼットは化粧着をまとったままで、若い娘を美妙におおい、星にかかった雲のような趣のある起き出たばかりの淡装で立っていた。そして朝日の光を頭に浴び、眠りの足りた薔薇色《ばらいろ》の顔をし、心沈める老人からやさしくながめられながら、雛菊《ひなぎく》の花弁をむしっていた。もとよりコゼットは、あなたを愛する[#「あなたを愛する」に傍点]、少しばかり[#「少しばかり」に傍点]、心をこめて[#「心をこめて」に傍点]、などと言いながら花弁をむしってゆく、あの楽しい習慣を知ってはいなかった。そんなことを彼女に教える者はだれがいたろう? 彼女はただ本能から他意もなくその花をもてあそんでいたのであって、雛菊《ひなぎく》の花弁をむしり取ることはすなわち愛情を摘むことだなどとは、夢にも思っていなかった。古《いにしえ》の三人の美の女神に加えて第四の憂愁の女神というのがあり、しかもそれがほほえんでいるのだとすれば、彼女はまさしくそれであったろう
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