後に彼はベンチから立ち上がって帰ろうとした。その時コゼットは言った、「もうですか!」
 ジャン・ヴァルジャンはリュクサンブールへの散歩をとめはしなかった。何もきわ立ったことをしたくなかったのと、またことにコゼットの注意をひくのを恐れたからである。しかしコゼットはマリユスに微笑を送り、マリユスはそれに酔いそれだけに心を奪われ、今はただ光り輝く愛する顔のほかは世に何物をも見ないで、ふたりの愛人にとってのいかにも楽しい時間が続いたが、その間ジャン・ヴァルジャンは、恐ろしい光った目をマリユスの上に据えていた。ついにもはや悪意ある感情をいだくことはなくなったと自ら信じている彼にも、マリユスがそこにいる時には、再び野蛮に獰猛《どうもう》になるのを感ずる瞬間があって、昔多くの憤怒を蔵していた古い心の底が、その青年に対してうち開きわき上がってくるのを感じた。あたかも未知の噴火口が自分のうちに形成されつつあるかのように思われるのだった。
 ああ、あの男がそこにいる。何をしにきているのか。彷徨《ほうこう》しかぎ回りうかがい試しにきてるのだ。そして言っている、「へん、どうしてそれがいけないというのか。」彼は
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