《わな》にもかからぬが若い男はいかなる罠にも陥るのは、苦しみ悩む初心の頃の通則であり、最初の障害に対する初恋の激しい争いの通則である。ジャン・ヴァルジャンはマリユスに対してひそかに戦いを始めたが、マリユスはその情熱と若年との崇高な愚昧《ぐまい》さでそれを少しも察しなかった。ジャン・ヴァルジャンは彼に対して多くの陥穽《かんせい》を設けた。彼はリュクサンブールへやって来る時間を変え、ベンチを変え、ハンケチを置いてゆき、また一人でやってきたりした。マリユスはそれらの罠につまずいた。ジャン・ヴァルジャンが途上に据えた疑問点に対して正直にしかりと答えた。けれどもコゼットは、外観の無心さと乱し難い落ち着きとのうちに閉じこもっていた。それでジャン・ヴァルジャンはこういう結論に達した。「あのばか者はコゼットを思い込んで夢中になっている。しかしコゼットは彼のいることさえも知らないでいる。」
 それでも彼はなお心のうちに悲しい戦慄《せんりつ》を感じた。コゼットが恋を知る時はいつ到来するかも知れなかった。何事も初めは無関心なものではないか。
 ただ一度、コゼットは失策をして彼を驚かした。三時間も止まっていた
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