立ち止まった。マリユスは追いついた。彼女は彼の方に振り向かないでわきを向いたまま言いかけた。
「あの、あなたはあたしに何か約束したのを忘れやしないわね。」
マリユスはポケットの中を探った。彼が持ってたのは父のテナルディエにやるつもりの五フランきりだった。彼はそれを取って、エポニーヌの手に握らした。
彼女は指を開いて、その貨幣を地面に落としてしまった。そして暗い顔つきをして彼を見ながら言った。
「あなたのお金なんか欲しいんじゃないの。」
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第三編 プリューメ街の家
一 秘密の家
十八世紀の中葉には、身分の高い公達《きんだち》らは公然と妾《めかけ》をたくわえていたが、中流民らは妾を置いてもそれを隠していた。でその頃、あるパリー法院長が秘密に妾をたくわえて、サン・ジェルマン郭外の今日プリューメ街と言われてる寂しいブローメ街に、当時動物合戦[#「動物合戦」に傍点]と言われていた場所から遠くない所に、「妾宅《しょうたく》」を一つ建てた。
その家は、二階建ての一構えであった。一階に二室、二階に二室、下に台所、上に化粧室、屋根下に物置き、そして家の前には
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