が一面に出てる!」と老人は考えた。「一点の雲もない、一滴の水もない!」
 そして一時もたげられた彼の頭は、再び胸の上にたれた。
 が彼はまた頭を上げ、なお空をながめながらつぶやいた。
「一滴の露でいい。少しの恵みでいい。」
 彼はも一度井戸の鎖をはずそうとしたが、その力がなかった。
 その時彼はこういう声を聞いた。
「マブーフのお爺《じい》さん、あたしが庭に水をまいてあげましょうか。」
 と同時に、獣の通るような音が籬《まがき》に起こって、藪《やぶ》の中から背の高いやせた娘らしい者が現われ、彼の前につっ立って臆面《おくめん》もなくじっと彼を見つめた。その姿は人間というよりもむしろ、薄暗がりに、生まれ出た何かの者らしかった。
 狼狽《ろうばい》しやすくまた前に言ったとおりすぐにこわがるマブーフ老人が、一言の答えもできないでいるうちに、その者は薄暗がりの中に妙に唐突な身振りをして、井戸の鎖をはずし、釣瓶《つるべ》をおろしてまた引き上げ、如露に水を一杯入れてしまった。そしてぼろぼろの裳衣をつけた跣足《はだし》のままのその幽霊は、老人の見る前で、花床の間を走り回り、あたりに生命の水をまき散らし
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