[マ王([#ここから割り注]ナポレオン二世[#ここで割り注終わり])の小さな馬車を引いてた時のことだよ。お前さんはローマ王を覚えてるかい。」
「私はボルドー公が好きだったよ。」
「私はルイ十七世を知っていた。ルイ十七世の方がいいよ。」
「肉がほんとに高いじゃないか、パタゴンさん。」
「ああ、もうそんなことは言いっこなし、私は肉屋が大きらい。身震いが出るよ。この節じゃ骨付きしかくれやしない。」
その時屑拾いの女が口を出した。
「皆さん、商売の方も不景気ですよ。芥溜《ごみため》だってお話になりません。物を捨てる人なんかもうひとりもいません。何でも食べてしまうんですね。」
「でもヴァルグーレームさん、お前さんよりもっと貧乏な人だってあるよ。」
「そう言えばまあそうですね。」と屑屋《くずや》はつつましく答えた。「私にはこれでもきまった仕事がありますからね。」
ちょっと話がとぎれた。屑拾いの女は、だれにもあるように少し吹聴《ふいちょう》したくなって、言い添えた。
「朝家に帰って、私は籠《かご》の物を調べ、一々|選《え》り分けるんですよ。室《へや》いっぱいになります。ぼろ屑は笊《ざる》に入れ、果物《くだもの》の種は小桶《こおけ》に入れ、シャツは戸棚《とだな》に入れ、毛布は箪笥《たんす》に入れ、紙屑は窓のすみに置き、食べられる物は鉢《はち》に入れ、ガラスの片《かけ》は暖炉の中に入れ、破れ靴《くつ》は扉《とびら》の後ろに置き、骨は寝台の下に置くんですよ。」
ガヴローシュは彼女らの後ろに立ち止まって、耳を傾けていた。
「おいおい、」と彼は言った、「お前たちが政治の話をしたって何になるんだい?」
すると彼は、四人から口をそろえて攻撃された。
「また浮浪漢《ごろつき》がきた!」
「何の切れ端を持ってるんだい? おやピストル!」
「何だって、乞食《こじき》の餓鬼が!」
「いつでも政府《おかみ》を倒そうとばかりしてやがる。」
ガヴローシュは軽蔑しきったようなふうで、その仕返しとしてはただ、手を大きく開きながら拇指《おやゆび》の先で鼻の頭を押し上げてみせた。
屑拾いの女は叫んだ。
「跣足《はだし》の悪者!」
前にパタゴンさんと言われてそれに答えた女は、いやらしく両手をぱたりとたたいた。
「これは何か悪いことが起こるんだよ、きっと。髯《ひげ》をはやしてる隣の乱暴者がね、赤い帽子を小わきにはさんだ若い者といっしょに通るのを、私は毎朝見たんだよ。今日通るところを見ると、腕に鉄砲をかかえていたよ。バシューさんの話では、この前の週に騒動があったとさ、あのー……何とか言った……そう、ポントアーズにさ。それにこのいやな小僧までがピストルを持ってるじゃないか。セレスタンにはいっぱい大砲が置いてあるらしいよ。世の中を騒がすことばかり考えてるこんな奴《やつ》どもにかかっちゃ、政府《おかみ》もやりきれたもんじゃないね。やっと落ち着いてきたのにさ、あんなにひどいことがあったあとでね。おお私は、あのかわいそうなお妃が馬車に乗って通られるところを見たよ! それに騒ぎがあればまた煙草《たばこ》が高くなる。憎んでも足りない。悪者、お前のような奴は首でも切られるがおちさ。」
「鼻がずうずう言ってるぜ、婆さん、」とガヴローシュは言った、「鼻をかむがいいや。」
そして彼は向こうに歩き出した。
パヴェー街まで行った時、屑拾《くずひろ》いの女のことが彼の頭に浮かんだ。彼は独語した。
「革命家を悪口しちゃいけねえぜ、芥溜《ごみため》婆さん、このピストルもお前のためのものだ。前の負い籠《かご》にもっと食えるようなものを入れてやるためだ。」
突然彼は後ろに声がするのを聞いた。それはパタゴン婆さんで、彼を追っかけてき、遠くから拳《こぶし》をつき出して見せながら、叫んでるのだった。
「お前はたかが父無《ててな》し児《ご》じゃないか!」
「そんなことか、」とガヴローシュは言った、「俺《おれ》は毛ほどにも思ってやしねえ。」
それから少しして、彼はラモアニョン旅館の前を通った。そこで彼は呼び声を上げた。
「戦に出かけろ!」
そして彼は突然|憂鬱《ゆううつ》に襲われた。あたかもピストルの心を動かそうとしてるかのような非難の様子で、ピストルをじっとながめた。
「俺は戦に出発するんだが、お前は出発しないんだな。」と彼はピストルに言った。
一匹の犬は他の犬([#ここから割り注]即ち撃鉄[#ここで割り注終わり])から人の気を散らさせることもある。ごくやせた一匹の尨犬《むくいぬ》が通りかかった。ガヴローシュはそれをかわいそうに思った。
「かわいそうな奴だ。」と彼は言った。「お前は樽《たる》でものみ込んだのか、胴体に箍《たが》が見えてるぜ。」
それから彼は、オルム・サン・ジェルヴェーの方へ進んでい
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