gー・シュー街までやって行った。見るとその街路にはもう店は一軒きり開いていなかったが、おもしろいことにはそれが菓子屋だった。まったく未知の世界にはいり込む前になお林檎菓子《りんごがし》が一つ食える、天の与えた機会であった。ガヴローシュは立ち止まり、上衣をなで回し、ズボンの内隠しを探り、ポケットを裏返したが、金は一スーもなかった。彼は叫び出した、「助けてくれ!」
最後の菓子を一つ食いそこなうのは、実につらいことである。
それでもガヴローシュはなお続けて進んでいった。
間もなく彼はサン・ルイ街までやってきた。パルク・ロアイヤル街を横ぎっていると、林檎菓子《りんごがし》を食えなかったことがいまいましくてたまらなくなり、ま昼間芝居の広告を思う存分引き裂いて腹癒《はらい》せをした。
それから少し先で、財産を持ってるらしいりっぱな一群の人々が通るのを見て、彼は肩をそびやかし、感想めいたにがにがしい言葉を吐き出すようにして言った。
「あの金持ちのやつら、妙に肥《ふと》ってるな! 口いっぱいほおばって、ごちそうの中にころがってやがる。いったいその金をどうするのか聞きてえもんだ、自分でも知らねえって、なあに金を食い物にしてるんだ。腹いっぱいつめこんでいやがるんだ。」
二 行進中のガヴローシュ
街路のまんなかで手に撃鉄のないピストルを持って振り回すことが、何か公の務めででもあるかのように、ガヴローシュは一歩ごとに元気になってきた。マルセイエーズを切れぎれに歌いながら、その間々に叫んでいた。
「うめえぞ。俺《おれ》はリューマチにやられて左の足が悪い。だが皆の衆、俺は愉快だ。市民らは用心するがいい、奴《やつ》らを引っくり返す歌を俺が吐きかけてやらあ。刑事が何だい、犬だろう。おい犬どもに一つ敬意を表してやろうじゃねえか。俺はピストルに奴らを一匹ほしいんだがな([#ここから割り注]訳者注 仏語にては、犬という語とピストルの撃鉄という語とは共に同じ chien である[#ここで割り注終わり])。俺《おれ》は大通りからきたんだが、皆の衆、もう熱くなってるぜ、水玉が飛んでるぜ、煮えてるぜ。鍋《なべ》の泡《あわ》をしゃくっていい時分だ。みな進め! きたねえ血で溝《どぶ》をいっぱいにしろ。俺は国のために身をささげてるんだ。もう妾《おんな》なんかには会わねえ、ねえ……うん……そうだ、会わねえ。だがかまわねえ、さあおもしれえぞ。みな戦おうじゃねえか、もう圧制はたくさんだ!」
その時、横を通ってる国民兵のある槍騎兵《そうきへい》の馬が倒れたので、ガヴローシュはピストルを下に置き、その男を起こしてやり、また彼に手伝って馬を起こしてやった。それから彼はまたピストルを拾い上げ、進行を続けた。
トリニー街まで来ると、すべてが静かでひっそりとしていた。マレーに固有なその平然さは、周囲の広い喧騒《けんそう》の中にあってきわ立っていた。四人の上《かみ》さんたちが、ある家の戸口で話し合っていた。スコットランドには三人組みの魔女がいるが([#ここから割り注]訳者注 セークスピアの戯曲「マクベス」中に出てきて、マクベスが未来国王となることを予言した女たち[#ここで割り注終わり])、パリーには四人組みの上さんがいる。「汝は王たるべし」という言葉は、アルムイールの荒野でマクベスに語られたように、ボードアィエの四辻《よつつじ》で痛ましげにボナパルトに投げつけられたであろう。どちらもほとんど同じ不吉な言葉である。
しかしトリニー街の上さんたちは、自分らの方のことしか頭に置いていなかった。それは三人の門番の女と、籠《かご》を負い鉤杖《かぎづえ》を持った屑拾《くずひろ》いの女とであった。
彼女らは四人とも老年の四すみに立ってるがようだった。老年の四すみとは、凋落《ちょうらく》と腐朽と零落と悲哀とである。
屑屋は卑下していた。この野天の仲間のうちでは、屑屋は頭を下げ門番は上に立つ。それは門番の手中にある掃きだめからくる関係であって、そこにいい物が多いか少ないかはまったく塵芥《ごみ》を掃き寄せる者の手加減による。箒《ほうき》の使い方にも親切さがあるものである。
この屑拾《くずひろ》いの女は、恩を被ってるものと見えて、三人の門番の女に、何とも知れぬ笑顔を作っていた。彼女らは次のようなことを話していた。
「それじゃ、お前さんとこの猫《ねこ》はいつも気むずかしいんだね。」
「そうさ、猫はどうせ犬の敵だものね。苦情を言うのは犬の方だよ。」
「それから私たちもさ。」
「だがね、猫の蚤《のみ》は人間にはたからないっていうじゃないか。」
「犬っていえば、厄介などころか、ほんとにあぶないよ。何でもあまり犬が多くなって新聞に書き立てられた年があったよ。テュイルリーの御殿に大きな羊がいてロ
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